プロカフェ参加の皆様へ
2004:02:11:12:45:04
2004・2・3 8:00PM。札幌中島体育センター跡地に詣でた後、足は繁華街へ。
長五郎(以下「桜」)
「サンマルチノさん(以下、「サン」)、ちょうどあの日から20年、
って事で、行ってきたんだよ、センター跡地。」
サン「もうそんなに経つんだぁ。早いよね・・・。」
桜「まあね。色んなモノが心を巡ったよ。特に、あの事件(※1)を見て、
「金返せ!」 とコールした時、帰りの電車で泣いた時の気持ちって、
どこかに置き忘れたかと思っていたんだよ。でも行ってみたら、心の奥に
しっかりとある、ってわかったよ。」
サン「それは俺もわかるね。俺もそういうのは、凄い試合とか、面白い興行を
見た時なんかに、不意に心の中から出てきたりするんだよね。最近は
ほとんどないけど。」
桜「そうだね・・・。プロカフェでも、やれ格闘演劇だのなんだのと能書き
たれたのがいたけど、凄いのとか、いいのを目の前で見ると、理屈なんか
どっか飛んじゃうんだよね。そしてその感動っていうか心の響きを、
誰かに伝えたくなるんだよね・・・。」
サン「そうそう。ビデオの祭典(※2)の時も、色んな人が思い入れのある試合
を持ってきてさ、皆で見て、語ったんだけど、ただ語るだけじゃなく、
目を輝かせていた人が多かったね。プロレスに対して理屈じゃなく憧憬、
レスラーに対し友達感覚じゃなく尊敬の念、って感じかな。」
(二人、その時を懐かしむ)
桜「プロカフェもね、フリートークがもうすぐ2,000回だけど、100回になった
時に、記念って事でP−INTER SPECIALって大オフ会(※3)があってさ。
もう、6年以上前だけど。そこにさ、ゲストでレスラーが何人も来て
くれてね。その人のファンであるか否かは置いといて、感動モノさ・・。
その後も、カフェチャットを通じたオフ会が何回かあって、楽しかったよ。
関係者も来たけど、同好の士が集まるってのは、心が弾むんだよね。」
サン「そういや2回目の祭典でも、某雑誌の方が来て、後でコラムに写真入り
で紹介されたよね。二人とも、怪しい顔で写ってたけど(笑)。」
桜「結局、今まで4回、ミニ祭典も入れると6回、「祭典」という、みんなが
集まった会があったんだね・・・。あ、俺行けなかったけど、北陸でも
2回あったね。」
サン「そう、忘れちゃいけないよ。masterさん主催のやつ。これがパンフ。」
(しばし、北陸の回のパンフを見て沈黙。)
桜「で・・・跡地からここまで来るとき、ずっと考えてたんだけどさ、この間
言ってた話、真剣(マジ)?」
所長「ああ、本気も本気、やるよ!今年のゴールデンウイークに!」
桜「わかった!今まではずっと参加者の一人でしかなかったけど、サンマルチノ
さんがそういうなら、事務局としてヘルプするよ。これも、同じ街に流れて
きた運命さ!やろう!」
2004年春、ゴールデンウイーク。
「札幌ビデオの祭典(Sapporo Video Carnival)2004・バーニングスピリット」
(仮称)開催決定。
詳細は追って。
(※1)「あの事件」
1984・2・3札幌中島体育センター。藤波vs長州のWWFインタ戦が藤原の長州襲撃
により試合不成立。メインでは試合後、猪木がパートナーの前田を張り手。
藤波は雪の中の札幌を歩き「こんな会社、(明日にでも)辞めてやる」と発言。
通称「雪の札幌中島事件」。
(※2)「ビデオの祭典」
第一回は1999年11月7〜8日で開催。99年9月3日フリートーク(第433回)で話が
起こり、週プロ主催の「小島討論会」に絡んで話が盛り上がり、開催された
ビデオ鑑賞会。興味のある人はBN第0433〜0521回の投稿をみるか、yahooで
検索すると実行委員会の公式サイトに当たるのでそれを参照。
(※3)「P−INTER SPECIAL」
1996年4月1日の開設から1年3ヶ月で、フリートークが100回になったのを記念し、
それまで確か3回行われていたオフ会を一気に拡大。イビジェカフェ協力の下、
選手を呼んだ会として、1997年9月27日、新宿にて開催。
(と書いてるが、実は私自身、100回越えてからカフェに参加したのに、堂々と
100回記念オフ会に出た厚かましい人間なので詳細不明。)
知りたい人は、100〜122回のBNを参照。