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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 映画コラム[2008年03月19日(水)] | ||||
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殺人者、シガーは怖くない。普通の男だった!
今年のアカデミー賞で助演男優賞を取ったハビエル・バルテムが来日。「ノーカントリー」での演技が評価され、めでたくオスカーに輝いたのだ。 彼の役は、冷血漢の殺人者。記者会見では「意味も動機も欠いた暴力は恐ろしい。不可能、不条理なシガーは現代社会を象徴する」とコメント。 また「社会は生身の人間の意志や欲望で動くものだが、今や経済が支配する。時代が向かう方向も、意味も動機も見えてこない」とも語っている。 「ノーカントリー」はまあ、見て気分のいい映画ではない。逆に、不快な感情しか残らない。なぜ、そんな映画がアカデミー賞で作品賞や監督賞を取ったのか不思議だ。 話が暗すぎる。そんな映画「ノーカントリー」では、どうしても観客の目はこのシガーというオカッパ頭をした非情な殺人者にいく。 あいつは一体なんなんだ。何者なんだと。シガーのことを、ある人は“純粋悪”と呼んだ。悪に純粋も何もないだろう。 私は別にシガーのことを怖いとは思わなかった。恐れもない。不気味とも思わない。こいつは単に、面倒なことが嫌いなだけなのだ。 目の前にいる人間が面倒になったら問答無用で殺す。その証拠に、彼は問答を拒否し、コインの表と裏の当てっこにしか興味がない。 なるほどなあ。わかった。シガーは人間関係を“取り引き”としか考えていないのだ。彼にとって、その取り引きの結果はいつも殺人という選択しかないのだ。 だから、彼はすべての問答を認めない。それにまったく付き合おうとしない。そういうふうにしてシガーのことを見たら、この男もまた笑える。マンガだ。ギャグだ。 案の定、ラストシーンで運転を誤って負傷したシガーが、自転車の少年に向かって、お前が着ているものを売ってくれと頼む。初めてまともな取り引きを彼がしたのだ。あれは笑えた。私はまさしく大笑いしたのだった。シガー、お前も結局、普通の人間だったよ。 「ノーカントリー」は、みんな見に行けである。 ターザンカフェより) |
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