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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2006年07月12日(水)] | ||||
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W杯が終わって思ったことについて。
・イエローカードやレッドカードは当たり前の世界。よってボクはジダンの頭突きは支持する。賛否両論でいうと…。 サッカーは上品なスポーツではない。だからといって下品とは言わない。ボールを奪い合ってシュートする競技。それも90分間にわずか1点を取るためだ。 同じくボールを奪い合うバスケットボールやラグビーは、多くの得点がはいる。そこにサッカーとの決定的違いがある。 あるいは手を使えないというルールがサッカーの一番の特長でもある。水球、ハンドボール、アイスホッケーはみんな自由に使える。 手と足を比べた時、どっちが下品かといったらそれは足に決まっている。イメージ的にそうなのだ。足しか武器にならないとしたら走力と足による個人技がすべてになる。 あるいは判断力、瞬発力、決断力をともなった運動能力のことだ。その中でも基本は走力と瞬発力にある。そして試合は逃げる∞追っかける≠フ繰り返し。 それしかない。同じ逃げる∞追っかける≠ナもラグビーではタックルが認められているので、最初から体がぶつかり合うことが前提になっている。 サッカーでは体当たりはだめ。そうなるとサッカーの選手は自由を大幅に制限された中で、極度に高度なテクニックを求められているのだ。 そこにサッカーの魅力がある。シュートというエクスタシーに向かって闘争本能を全開、爆発させていく競技。それがサッカーだ。 闘争本能やエクスタシー=サッカー。他のどんなスポーツよりもそのエクスタシー度はサッカーが最高である。これはもう間違いない。日本人というチームにはエクスタシーという風景を選手が感じさせない。 それが日本が勝てない最大の理由だ。エクスタシーへと集中して向かっていく情念をまったく感じさせない。日本サッカーのテーマはエクスタシー≠セ。 情念とは狂気という本能のことでもある。日本は選手もサポーターもおとなしいお祭り気分。外国人はすべてが狂気乱舞の祭りだ。 闘争心も才能も祭りもそのパワーはみんな下品である。それは木でいうと地下にある根っこの栄養ぶんみたいなものだ。 イエローカードやレッドカードは当たり前の世界。よってボクはジダンの頭突きは支持する。 賛否両論でいうと否ではない。絶対にあり≠ネのだ。なぜならあれは本能がそうさせたものだからだ。 手で投げないというのが凄い。その自制心をボクは評価する。しかも相手の胸に一発なのだ。顔ではないのだ。 エクスタシーの舞台でプレーする男たちは、頭突きぐらいはするよ。まあ、それは日本人選手には永遠に無理な話だが…。 ターザンカフェより) ※7月20日(木)19時半より、「実践文章講座〜夏季講習〜」を開催いたします(全8回。3万8千円。体験入門可<初回3500円。2回目から5千円>。コチラから)。 ※7月15日(土)18時半より、第12回「ビジュツイッキ塾」を開催いたします(鑑賞展覧会は『アフリカ・リミックス』<六本木・森美術館>。詳細はコチラから)。 ※7月28日(金)、第4回「昭和プロレス学・藤波辰爾論〜がんばれ、ドラゴン!〜」を開催いたします(詳細はコチラから) ※次回、第46回「シネマイッキ塾」は7月29日(土)のです(7月15日に鑑賞映画を発表します)。 |
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