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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2006年06月29日(木)] | ||||
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カミングアウトについて。
・日常的に存在している精神的に負の心の状態。それを他者にそっと告白することでカミングアウトという。 「長野一揆塾」の会合が6月23日、居酒屋「Back Drop」であった。そのリポートが藤沢さんから届いた。 3枚の用紙にきちんと詳しくその内容が書かれている。まず参加者は16名。そのうち男性が12人。女性は4人。 この日のテーマはひとりひとりがカミングアウトしていくこと。藤沢さんは細かくそれをメモにとっていたのか、16人のカミングアウトを箇条書きしている。 主にみんな男女関係のことが多い。交際話、口説かれた話、別れ話などである。 カミングアウトを藤沢さん流に定義していて「基本的にはネガティブなこと。つまり誰もが持つコンプレックスといえる」となっていた。 オーバーな言い方だが「魂のマイナー宣言」とも書いている。魂≠ニいう言い方はちょっと違うような気がする。 日常的に存在している精神的に負の心の状態。それを他者にそっと告白することでカミングアウトという。 カミングアウトした以上はそれをした人がなんらかの形で気持ちの部分で救われないといけない。そういう救いの構造がないとカミングアウトする意味がないのだ。 だからこの世の中には思わずカミングアウトしてしまいたくなる人。あるいはカミングアウトさせてしまう人がいるべきなのだ。 見渡した所、今回のリポートでは「お金(借金)」「体(病気)」「人間関係」「家庭」のことをカミングアウトしている人が誰もいなかった。 それはたぶん集団の中では無理。1対1ではできる。そういうことだと思う。だったら男と女の話の方が逆に罪がない。カミングアウトしても笑える。 ギャグになりやすい。それはあったと思う。最後に藤沢さんは「山本さんと唐沢さん(『Back Drop』のマスター)は、ナチュラルにカミングアウトしている生き方ですね」と結んでいた。 唐沢マスターはカミングアウトを「自分の心にかけひき≠オないで生きること。パソコンやインターネットに依存するのではなく、アナログ感や自然体なことに何かを感じて欲しい」と定義したそうである。 さすがマスター。骨太な精神を持った現代のつわものである。無神経に近付くと火傷してしまう。ご注意あれなのだ! ターザンカフェより) ※7月15日(土)18時半より、第12回「ビジュツイッキ塾」を開催いたします(鑑賞展覧会は『アフリカ・リミックス』<六本木・森美術館>。詳細はコチラから)。 ※次回、第46回シネマイッキ塾は7月29日(土)の予定です。 |
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