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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2006年06月20日(火)] | ||||
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サッカー日本代表について。
・まるでボクなんか日本人のありのままの遺伝子(DNA)をそのまま見せられているようでせつなくなってくるのだ。 すごい。完全にサッカーのW杯はオリンピック以上だ。日本VSクロアチア戦が52.7パーセント。日本VSオーストラリア戦が49パーセント。 いずれもテレビの視聴率のことである。断トツというか驚異的数字である。日本人のうち2人にひとりはW杯の日本戦の試合を見ていたことになるからだ。 さて、問題の結果だがオーストラリア戦が3-1で完敗。クロアチア戦は0-0の引き分け。最悪の状況に追い込まれてしまった。 残るはブラジル戦だけだ。2試合が終わったあとテレビや新聞では、さまざまな形で勝てなかった日本の試合の分析、解説、総評がおこなわれた。 しかし何を言っても無駄だ。日本は弱い。強くない。その言葉で十分ではないか? クロアチア戦は「勝てる試合を逃した」「負けていた試合を負けないですんだ」という二つの言い方ができる。 それって実に日本的なのだ。いわゆるどっちつかず≠ニいう意味である。 サッカーにとって、それは最大の悪なのだ。つまりそこには勝つことの意味と負けることの意味の両方しかないからだ。 ところで、ボクはサッカーに関してはまったくの素人である。何も知らない。ただわからないままに試合を見ているだけだ。 そこで感じたことが一つだけある。それは何かというとサッカーは完全なる個人技≠フ世界だということだった。 日本はチームとして強くないという見方が一般的だ。それはいつまでたっても点が取れない。勝てないからだ。 その原因はすべて個人の技術的レベルに問題があるとみた。能力と技術と体力の三つに限界がある。三つ限界があったらどうしようもないだろう。 フォーメーションとかチームプレーはまったく関係ないと言い切ってもいい。なぜならサッカーは選手がボールにかかわっている時は個人の技量が問われるからだ。 ボールを保持していない時も選手はその時、自分がどう動くべきかためされている。それを考えると、サッカーは個人技に尽きる競技といえる。 さらにまるで針の穴を通すような形でボールをシュートして点を取る競技なのだ。 どんなケースでもマッハ(超高速)の本能的プレーしか何も通用しないのだ。その判断力、瞬発力、決断力を0.0001秒でしなければならない。やらなければならない。 日本人選手はまだそのレベルにいっていない。その前のレベルにとどまっているから勝てない。点がとれない試合になるのだ。むべなるかなである。 まるでボクなんか日本人のありのままの遺伝子(DNA)をそのまま見せられているようでせつなくなってくるのだ。 サッカーは運動能力的に日本人に向いていない競技だ。 ターザンカフェより) ※6月23日(金)19時半より、第3回「昭和プロレス学・猪木論(3)」を開催いたします(テーマはIWGPシリーズ。詳細はコチラから)。 ※6月24日(土)19時より、第45回「シネマイッキ塾」を開催いたします(鑑賞映画は『インサイド・マン』。詳細はコチラから)。 ※7月15日(土)18時半より、第12回「ビジュツイッキ塾」を開催いたします(鑑賞展覧会は『アフリカ・リミックス』<六本木・森美術館>。詳細はコチラから)。 |
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