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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2006年03月20日(月)] | ||||
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クロード・ルルーシュの発言から。
・ボクが好きだと思った人とはなるべく会わないようにする。接触したい。会いたいという欲求と欲望が…。 先週、フランス映画祭があったようだ。 19日に閉幕。しまった。行くべきだった。 名画『男と女』を撮った監督、クロード・ルルーシュも来日したと聞いている。 テレビでその模様をちらっと見たが、ルルーシュは恋愛についてボクと同じことを言っていた。 そう、現代人にとって恋愛は非常にむずかしいものになってしまったのだ。 ケイタイやFAXが普及したためフランスでも恋愛は男と女にとって、それはどんどん消費≠ウれていくものへと変わっていったというわけである。 ボクも前から言い続けていることだが、ケイタイを持ってしまった人間は、相手と会っていなくても会っていることと同じ状況におかれてしまう。 それはずっと彼もしくは彼女と同居し続けていることとかわらないのだ。なぜならケイタイはいつ、どこでも簡単に相手と話ができるからだ。 ボクは「恋愛とは好きな人と会っていない時間のことである」と思っている。その会えない、または会っていない時間の量に恋愛は比例し存在する。 ケイタイ人間はそこの部分がゼロ状態なのだ。それってもう恋愛とはいえない。同居生活と同じ。 ルルーシュがいうように恋人同士は会えばそのぶんだけ恋愛はどんどん消費されていく。 そういうパラドックス(逆説)が恋愛にはあるのだ。つまり恋愛とは恋愛感情のことなのだ。 恋愛感情とは恋人や彼女(彼氏)と会っていない時に起こる感情のことである。 会っている時に恋愛感情はもう必要ない。そこには恋愛の現実が目の前にあるからだ。 ただ人は恋愛に行動を起こし実行あるのみなのだ。 「現代に恋愛なし」。これがボクの結論である。 だから、ボクが好きだと思った人とはなるべく会わないようにする。接触したい。会いたいという欲求と欲望が自分の中であふれかえってきてもぐっと押さえる。 ガマンする。じっと待つ。そのことによって、ボクは極私的な自分にとっての恋愛感情を維持しようとしているのだ。 だからボクの心の中には今、恋愛感情でいっぱいなのだ。 ひきこもりの変態といわれてもかまわない。 変態≠ナはなく、それは恋態≠ネのだ。恋の状態のことである。 ターザンカフェより) ※本日3月20日(月)19時30分より、第1回「昭和プロレス学・猪木論(1)」を開催します(ゲスト…新間寿氏。料金…3500円。場所…貸教室・貸会議室「内海」301号室<東京都千代田区三崎町3‐6‐15。JR水道橋から徒歩1分>。詳細はコチラから)。 ※第二期「実践文章講座」の受講生募集中!(4月13日<木>〜6月26日<木>まで計12回。詳細はコチラから)。 |
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