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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2005年11月21日(月)] | ||||
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日本人の無常観について。
・ボクはあきらめ∞むなしさ∞投げやり≠ェ日本人の中に潜在的にひそんでいる三つの心だと思う! マンションなどで耐震強度が偽造されていたことが発覚。今、社会的にこれが大問題になっている。 朝のワイドショーなんかでも大々的にこのことを取りあげていた。 経済原則を考えると、これは大いにありうる話だ。早い話、工事や材料を手抜き≠キることによって、そのぶんその業種はもうかるからだ。 そこでは少しでも儲かることの方が優先されているのだ。すでに倫理的価値はあまりない。希薄になっている。 これをボクなんかは「マネーマインド」と勝手にそう呼んでいる。 日本人の心の中には変な形で無常観がある。どうせ人間はみんな死ぬ。限られた時間しか生きれない。 それは生命だけではない。人が住んでいる家や建築物も同じ運命になって滅びる。消極的だが投げやりでやけっぱちな心情がどこかにあるのだ。 その気持ちがいい加減なマンションを作らせている遠因(要因)の一つになっているのだ。 これは日本人特有の虚無観といってもいい。地震がこようがこまいがいずれマンションを含めてみんな最後はなくなってしまうもの。 だったらどうだっていいんじゃないかという気持ちになっていくのだ。 ボクはこのあきらめ∞むなしさ∞投げやり≠ェ日本人の中に潜在的にひそんでいる三つの心だと思っている。 だから日本人は誰も未来に対して責任を持つという発想は持っていない。 そういうDNAは始めからない。人間という存在そのものが最初から自然や宇宙に比べたら、負け組≠ノなっていることを、実はわかりすぎるほどわかっている民族なのだ。 それならすべてのことに対して、どうってことねえやと思ってしまう。今回のマンションの建築の件もそうだ。やった側に罪悪感はない。 あったらやらない。ないからやれたのだ。それだけの話である。 ・家が出来あがるまでを一部始終見ていたら、建売り建築は買う気になれない。作りがきわめてちっちゃいのだ! |
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