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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2005年06月09日(木)] | ||||
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決定打について。
サッカーで日本が北朝鮮を2対0で破り来年のワールドカップ、ドイツ大会の出場権を決めた。スポーツ新聞も今日に限ってはその記事で一色となった。 ま、結果オーライである。スポーツとはいえ勝たなければ話にならない。ましてワールドカップに出れないとなると、こんなにみじめなことはありえないからだ。 ジーコ監督は正解だった。正しかったということになる。ところで日本代表チームについていつも言われるのは「決定打に欠ける!」という言葉だ。 点を取れない日本代表チームの今や代名詞にまでなってしまった言葉。逆にいうとサッカーとは決定打≠ェ最大のキーワードになっている競技ということが、ボクのようなサッカー音痴の人間にもわかってきた。 じゃあ、決定打とは何か? これにもう必要にせまられないと出てこない概念のことである。つまり決定打がないと食っていけない。生きていけない。 そういう環境とか状況の中で生きているものには、決定打という言葉の意味が肉体の中にすりこまれているはずなのだ。 要するにここでこの獲物を取らなかったら、自分を含めて家族や親類や一族が食っていけなくなる。飢え死にしてしまう。 そうしたらスナイパー的な決定打が自然と身についてくる。勝機を絶対に見逃さない。わずかのチャンスでも必ず活かす。ものにするというのがもう習慣になっているのだ。 日本という国はその点、自然に恵まれている。水は豊富すぎるぐらいある。山の幸も海の幸もぞんぶんにある。 それに気候は冬はさびしいといってもそんなに過酷ではない。四季を通じて温暖である。こんな風土の中で人々が決定打という概念を持つ必要がどこにあるのかである。 ・出る杭にならない日本人がサッカーをやっているのだから、そりゃ点は取れないよ! |
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