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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2005年01月31日(月)] | ||||
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『論語』を読んでA
『論語』を読むと日本語の勉強になる。たとえば親を手厚く葬(ほうむ)ることを「終わりを慎(つつし)む」と表現している。 なるほどなあ。親を手厚く葬ることを「終わりを慎む」と言った方がボク的には好きだ。 あいまいな言い方なのだが含みがあっていいではないか? 何が終わりなのかと問われたら困る。それはボクも認める。 しかし絶対に「終わりを慎む」の方がいい。また祖先をお祭りすることを「遠きを追えば」となっている。祖先をまつることを「遠きを追う」というのだ。 この"遠き"という表現がまた素晴らしいではないか? ボクは『論語』に感心してしまった。 子貢という弟子が先生である孔子のことを温良恭倹譲(おんりょうきょうけんじょう)といった。 これは温(おだやか)で良(すなお)で恭(うやうや)しくて倹(つつましく)、譲(ひかえめ)という意味なのだ。 「温」「良」「恭」「倹」「譲」という漢字に対して、ボクなんか非常にいいイメージを持ってしまう。あるいは漢字そのものに好奇心を感じるというか…。 また「信、義に近づけば、言復(ふ)むべし」という言葉がある。これは有子という弟子の人が言ったことである。 信は約束を守ること。義は正義のこと。約束を守り正義に近ければ、言葉通りに履行できるということなのだ。 その実行する。履行することを「言を復(ふ)む」と表現しているのが素敵なのだ。 ・『論語』は正しい。「事(仕事)に敏にして」とは最高の表現である。 |
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