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愛に必要なものは?

たまたまテレビのスイッチをつけたらNHK衛星放送の第二だった。1月23日の日曜日の午後9時26分だった。
「映画ほど!ステキなものはない」という題名の番組。映画を題材にしたクイズ番組である。なんでも華麗なる映像作家、フランスのクロード・ルルーシュを特集していた。
名画「男と女」や「白い恋人たち」を作った監督である。ゲストが3人いた。
その中に女性として神田うのがいて「あれ、この人、意外と美人だなあ。綺麗じゃないか?」とボクは感心してしまった。
残りの2人のゲストは男性でボクの知らない人なので名前もおぼえていない。彼ら3人がクイズにこたえていくのだ。
ボクがチャンネルをひねった時、ルルーシュの愛に対する定義が問題になった。
そのまえにもうひとり特別ゲストの人がいて、その人は「フランスの映画における愛のドラマには、パターンが存在しない。ひとつひとつの愛がみんな違う。実に多様性に満ちあふれた愛の形をみせてくれる」とそんなことを言っていた。
まあ、それはどうでもいい。ルルーシュは愛については×××が必要である。その×××があるから愛に関して神秘性が生まれるというのだ。
・愛は男と女の対話のことだから愛の対話法としては言葉は最強である。
さてその×××は何なのかというのが質問である。3人の答えのうち最初の男性ゲストは"休息"といった。
つまり愛とは離れている時が重要。そのためには時折、お互いに休息をとって会わないようにするというのだ。
なかなか鋭い見方だ。ボクも常々、愛とは会っていない時に育つものという考えを言い続けてきた。
惚れあったもの同士、あるいは相思相愛の関係にある恋人同士でも、会っている時の充実感と幸福感に匹敵するぐらい会えない時に会いたいと思う心。
それが愛のもう一つのキーワードになっているからだ。神田うのさんはギャップといった。
自分と恋人の関係の中にあるいい意味のギャップ。たとえば恋人が最初の予想とは違っていたことによる驚きとか新鮮な印象。それは好きになって初めてわかることだからだ。
最後のゲストの男性は"ウソ"と言った。恋にはウソの言葉が必要だというのだ。嘘も方便ということか? さてルルーシュの答えはその"嘘"だった。
でもそれは"嘘"でななくボクは"言葉"とか"言語"といって欲しかったなあ。愛に最も必要なのは言葉なのだ。その言葉は嘘とは限らない。
嘘をひっくるめた形でのラブコミュニケーションとしての言葉のことである。愛に言葉は必要だがそれが神秘性につながるかといったらそれは疑問だ。
愛は男と女の対話のことだから愛の対話法としては言葉は最強である。では愛における神秘性とはどこにあるのか? それは間合いを意識することである。
愛には間合いゼロの接近戦(寝技)と普通に会っている時の日常的間合いと、お互いが会っていない時の間合いの三つがある。
その三つの間合いを意識することがボクからすると愛の神秘性を生むと思っているのだ。
愛にはこの三つの間合いがあることを意識しろなのだ!
ターザンカフェより)
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