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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2005年01月13日(木)] | ||||
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春以前の春について。
都会には冬がない。もっというなら都会の1月には冬がない。たしかに気温は低い。外に出ると寒くて手袋がないと困るぐらいだ。 夜になると風が出て冷たさはいっそう肌にしみる。だから今は確実に冬なのだ。 ただ都会はボクの大嫌いな日曜日や祭日以外、街は動いている。活発に活動している。この活動をしている限り街は冬とは無縁である。 なぜなら冬は何もできない。すべての活動は中止せざるを得ない。それが冬の本質だからだ。だから落葉樹は葉を落とし幹と枝だけの世界になる。 あれは正しい選択なのだ。動物だって両生類や爬虫類などは冬眠する。彼らはあらゆる運動をやめ、また食事をとることもしない。 物質代謝をきわめて不活発な状態にして冬をすごすのだ。要するに冬の間は成育や発育を拒否してひたすら眠るだけなのだ。 その間、一度も起きることがないというのはすごいことである。春になるまで眠り続けながらそれでも生きていられるというのは、ボクらには決して真似できない特殊な才能といえる。 今でもボクのまわりには気楽に冬眠している動物がいるということである。 冬には人間は何もできない。何もしない。それが一番冬を感じることだとしたら、始めに言ったように都会に住んでいるボクらには、冬がないことになるのだ。 "冬"という字は『字通』を引いてみると「糸を結びとめた形。末端を終結する形で、終の初文」とある。 冬は終わることと同じだったのだ。なるほど終わりという字には糸偏のとなりに冬という文字がはいっている。 季節、四季の終わりのことを冬というわけだ。まさしく季節が終結した時に冬となる。 ・いや、春の実体なんてないに等しい。冬に思う春。それがボクらが思っている春なのだ! |
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