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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2005年01月11日(火)] | ||||
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成人について。
1月10日のきのうは"成人の日"だった。昔は1月15日と決められていたのに、それを3連休にするため強引に祭日を動かしてしまうのはどうかと思う。 なんの理由もなければ根拠もないではないか? 祭日はポツンと週の真ん中にあったりするからありがたいのだ。 それを3連休にしてしまったら祭日の意味よりも3連休の方に目がいってしまう。そういう考え方は許せないものがある。 ところで"成人の日"には各地で成人式がおこなわれる。それはかつて日本の社会に、人々が成人になることを期待するための習慣があったことを示している。 成人になれば一人前の人間として扱う。そのかわり社会的貢献もしてくれるだろう。そういう期待と願望のことである。 20歳になるということはそのことによって男も女も、社会的な人的資源になるということである。 これはニーズのことでもある。人口が少なかった時代の話なのだろうか? それとも人による労働力を世の中が絶対的に必要としていたからだろうか? 「働かざる者は食うべからず」ではなく「働かざる者は成人にあらず」ということなのかも。つまり成人になることは働くことだったのだ。 それだったら社会的儀式として"成人式"はやる必要がある。20歳になったら青年たちに自覚とプレッシャーを与えるためだ。まあ、プレッシャーが一番当たっているかもしれない。 そこには明らかに"強い大人"と"強い社会"があった。 いや本当は強くはなかったのだ。社会に余裕がなかったので強い父親、強い教師、強い経営者がいないと、世の中が持たなかったのだ。 ・成人とは自分のポジションを持った人間。それが社会や組織とバランスよい利害関係を生んでいく。 |
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