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バカの壁§_A

養老孟司さんの『バカの壁』を読み直して思ったのは、これは一種の"都会論"だと思った。
以前から養老さんは都市のことを脳化社会と呼んでいた。それをわかりやすくいうと"頭でっかち"のこと。
あるいは"自分でっかち"。もっというなら"自意識依存症"といってもいい。
ボクは都会とは「見知らぬ者同士の出会いに一番魅力がある世界」と定義してきたのだが、その出会いとは他者を評価する精神がないと成り立たないのだ。
それなのに都会は自分を勝手に勘違いして評価している連中の集まりと化している。それを称して養老さんは脳化社会と言った。
これはボクなりの解釈である。理由づけをしたまでの話である。物を考えるということは内に向かってするものではなく外(他者)に向かってするものなのだ。
それに関しては『夜と霧』の著者、V・E・フランクルという人の「人生の意味は外部にある」という言葉を引用して説明している。
「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれるということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場はまさに共同体でしかない」
もうこの言葉に尽きる。フランクルはこの点について人生の意味とは「他人が人生の意味を考える手伝いをする」と言っている。
以上のことがまったくわからなくなっているのが、要するに都会に住んでいる多くの現代人である。
・夢の中の自分は自分の中の他者である。
その人たちは二つのことにこだわっている。一つは自分という存在について。もう一つは自分にとっての個性とは何かについてである。
まったくそれこそがボクも養老さんも、しょっぱいと言っているのだ。その脳化民族が忘れてしまっているものについて養老さんは三つのものを上げている。
「身体」「無意識」「共同体」である。ボクはこの中で無意識の部分に注目する。脳化社会では無意識はないものと考える。
たとえば睡眠をとっている時の自分は自分ではないと。しかしボクは眠ることで無意識というもう一つの別世界に行くことができる。
だから夢を見ることが最近、大好きになっているのだ。その夢の中の自分は無意識の中のもうひとりの自分。ボクにとってはそれが楽しくて仕方がないのだ。
よってこの頃は寝ることが趣味になっている。さあ、夢の世界を旅してくるぞという気分である。
"バカの壁"とは他者との関係を理解できない人のことをいう。
夢の中の自分は自分の中の他者である。これってわからないだろうなあ…。
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