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島田紳助の謝罪会見について。

(きのうのつづき)日本のプロ野球のコミッショナーは、ボクには天下りの名誉職にしかみえない。本気でプロ野球のことを考えているのかと言いたい。
だからまったくボクはコミッショナーを信用していない。あれは球団が作った飾りみたいなもの。
なんの権限もない。日本のプロ野球は球団が執権政治をやっているのだ。コミッショナーは飾りものの将軍である。
というわけで一場投手の問題は、またうやむやになっていくだろう。プロ野球にルールはない。あるとしたら球団のエゴイズムだけだ。
そのエゴイズムがいつもルールを越えてまかり通っているのが、つまり日本のプロ野球である。
だからボクは3球団のオーナーがそろって一場問題で、オーナーを辞任したのはマンガだと思っている。ルールで決着をつけろと言いたいのだ。
紳助さんが彼女の言い方、言葉の使い方に腹が立ったというのは、きわめて象徴的な出来事である。
もう一つ謝罪会見といえば島田紳助さん。楽屋で女性を殴ったとか暴力をふるったとかで、その女性から訴えられた。
釈明の記者会見をした島田紳助さんはそこで「自分が100パーセント悪かった」とそう言った。
これは芸人の価値観の敗北を意味している。吉本興業には芸人絶対の論理がある。そこでは世間の常識とは違うルールが支配している。
紳助さんもそれで育ってきたわけだから、女性の物の言い方にカチンとくるものがあった。それは芸人の世界からすると認めがたいもの。
ところが彼女は帰国子女だった。アメリカナイズされた物の考え方をしている。英語をしゃべれる人はそれだけでもう人格が変わってくる。
そこに両者の対立が生まれる。紳助さんが彼女の言い方、言葉の使い方に腹が立ったというのは、きわめて象徴的な出来事である。
だからといって髪を引っ張ったり、こずく必要はない。それはやりすぎというものである。
しかしそういうことが日常的に存在したところで育ってきた紳助さんは、それがガマンできなかったのだ。
女性というのがまずかった。相手を選ぶべきだった。男なら被害届けを出したりしない。
問題はそこにある。芸人として生きることのむずかしさ、芸人的自我を行動として言動として貫けない時代。
あるいはそういう状況に時代がなってしまったのだ。芸人的不条理が通用しない。この事件のもう一つの真相はそこにある。
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