|
||||
| サッカー | プロレス | 格闘技 | 野球 | ノンジャンル | ターザン | ||||
| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2004年10月04日(月)] | ||||
|
ターザン流イチロー論A
もしイチローのことを人が"天才"というなら、その天才とは何を意味しているのだろうか? 天才という言葉からイメージされてくるものは、天から与えられた無限の才能のことをいう。 それは潜在能力として先天的でなければならない。「無限性」「潜在能力」「先天性」。一般的にはこの三つが天才の条件となる。 イチローという人を考えた時、どうみてもその三つのものにあてはまっているとは思えないのだ。 たとえば無限性に対しては、彼の場合、有限な中でできる最高のものをめざしているからだ。 メジャーリーグにおける1シーズンの最多安打を84年ぶりに破ったのは、たしかに凄いことである。 しかしよく考えてみるとその記録は、プロ野球選手ができる限界点の数字を示しているのだ。 真の天才だったら千打数千安打する必要があるからだ。二番目の潜在能力からすると、イチローは大リーグの選手の中では体格と体力に恵まれていない。 そのため大リーグ入りした時、多くの人にイチローは通用しないと、きわめて冷やかな目で見られた。イチローもそのことを強く感じたとあとで告白している。 最後の先天性というのは、一目見ただけで凄いことや素晴らしいことが、人々に一瞬にして伝わることを意味している。 イチローはそれにもあてはまらない。 イチローの魅力はベースボールを徹底的に科学し哲学したことである。 |
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||