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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2004年08月11日(水)] | ||||
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男と女の愛が一つになるとき。
恋愛においては相手のすべてが好きというのはありえないのだ。よくそういう言い方をする人がいる。 全部いいとか何もかも好きというわけである。たしかに女性においては、そういう気持ちになりやすいこともたしかである。 これは仕方がないのだ。女の人はそうならないと相手の男性を、丸ごと受け入れられないからだ。 この点で女性の恋愛感情は男性に比べると純粋である。異性を好きになった時のスケール感が全然、男とは違うのだ。 それはもう男の比ではない。ボクたち男は好きになるという一つのベクトルしかない。女の人は好きになるというベクトルともう一つ相手を受け入れるというベクトルがある。 男に一つしかないベクトルは、一方的で前に突き進んでいくだけで直線的にしてかつ単純。ストレートである。 女性にもそのベクトルはあるが、彼女たちは好きな人を受け入れるという形でその愛は完成する。 男の愛は強さでしか表現できないが、女の人の愛は深さをともなっている。だから弾力性に富んでいる。そこには豊かさも同時に存在している。 だから100パーセント好きだといえるのだ。男はそうはならない。好きだという一点に向かって走るしかないのだ。 ボクら(男)はろ過装置を持っていないと女性からは認められない。彼女たちの愛を得ることはできない。 |
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