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メーキャップ論。

 |  |  | | (約1年前の『週刊現代SPECIAL』より)「僕は山本さんと逆で『このところ、MEGUMIは洗練されたなあ』と思っていたんですけどね…(トホホ)」(うたまくら) |
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テレビを見ていたら偶然、MEGUMIが出演していた。彼女の顔を見た時、ボクは「ちょっとメイクでいじりすぎじゃないの?」と思ってしまった。
メイクやヘアメイクの技術は今、おそろしく進歩している。素(す)の彼女たちをまったく別のイメージにしてしまうのは、いとも簡単なのだ。
しかしそれをやりすぎるというのは、ボクはどうかと思うのだ。みんなメーキャップ(化粧)に頼り過ぎ。それが一定の度を越えてしまうと、素の本人とのギャップ度はどんどん広がってしまう。
それってどうなんだろう? ボク的には感心しないのだ。よく映画なんかで恋人同士が結ばれて、事が終わったあとの画面で女性の素の姿を見せるシーンがある。
鏡の前であげていた長い髪をおろしている後姿とか…。ボクはああいうのが好きなのだ。女の人を愛することはボクにとって、彼女の素の部分に触れることなのだ。
素の部分には彼女の一番大事なイノセントな心が秘められているからだ。そう思わない? だって恋愛ってお互いの心の奥にある究極的なピュアな心に触れ合うことじゃないの?
ボクはSEXの行為だってそのように理解している。あれは欲望や本能だけではとてもできるものではない。
君は自分のどこを愛しているのと言いたくなってくる。ボクは女性にはその部分に最も注目しているのだ。
あまりにメーキャップ度が強過ぎてしまうようなやり方は、ボクは反対である。桃井かおりなんかもなんか最近おかしい。君は自分のどこを愛しているのと言いたくなってくる。
ボクは女性にはその部分に最も注目しているのだ。いわゆる彼女たちの"自分に対する愛し方"がどうなっているかを見る。
そこにコンプレックスとか自信のなさとかがかかわってきて、女の人は自分の心との闘いがそこから始まっていくのだ。
ボクたち男性はそんな彼女たちの"二つの顔"の間をいつも行ったり来たりしなければならないのだ。
その中で彼女をどうやって愛していくべきなのか? それが今度はボクたち男性がそれを問われる番なのだ。
藤原紀香なんかもういじりすぎて、どこに彼女のイノセントな部分があるのかまったくわからない状態。ああなるとボクはひいてしまうのだ…。
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◎中日ドラゴンズについて-6月25日更新
イベント情報)
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執筆情報など)
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