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小6女児同級生殺害事件について。

 |  |  | | (『日刊スポーツ』より)補導された女児は殺害の動機について「ホームページに面白くないことを書き込まれたので、殺すつもりだった」と語っている。 |
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きのう(6月1日)の夜、テレビのニュースを見ていたら小学6年生の女児が、同級生に刺されて亡くなったというのを知った。
カッターナイフで首などを刺されたというのだ。佐世保市の小学校での出来事。刺したのは男児ではなく女児だった。
ボクはその瞬間、テレビのチャンネルをかえようとした。見たくない。聞きたくないからだ。
情報というのはこのように残酷な一面を持っている。ボクはそれまで家の大掃除をして、このボクとしてはゆったりした1日をすごしたつもりだった。
その時、たまたまNHKの午後10時からのニュース番組を付けてしまったのだ。
一瞬、ボクの心に暗い影が落ちた。いったん外からの情報を自分の中に入力(または侵入された)したら、その情報をボクはなんらかの形で共有しなければならなくなってしまう。
本来は知らなくてもすんだ話である。だって小学6年生の女のコが、同級生の女のコに刺されて死んだという出来事に対して、ボクはどういう受け身をとればいいのか?
受け身の取りようがないではないか? 受け身が取れないものに対しては、ボクはまことに勝手かもしれないが、勘弁して欲しいという気持ちになる。
被害者の父親が、記者会見していた姿に驚いた。
なんでもその小学校は各学年とも1学級(1クラス)しかなくて、全児童は6学年をすべて足しても187人。
ええ、ボクは“団塊の世代”だったので1年生だけで5組ぐらいあった。1クラス40人から50人だからそれだけで200人を超える。
人(子供、児童)が多いというのは、健康的な生態系を自然と作るはずだが、1学年がわずか40人にみたなかったら、児童の心理的、精神的バランスを微妙に崩すことになりかねない。
人が多いと集団としての道徳的プレッシャーや抑止力が、いい形で、無言のルールとして働くからだ。多様性の大事さはここにある。
妻をガンで亡くした被害者の父親が、記者会見していたのにも驚いた。毎日新聞社につとめているので、マスコミ人としては記者会見をせざるを得なかったというのがまた皮肉である。
日本はやっぱりどこかおかしい。
ご参考までに)
◎小6女児同級生殺害事件‐『asahi.com』
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