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ボクんちの野良猫について

15年以上変わらないことが一つ
今の家に住んでもう15年以上になるが、一つだけいつまでも変わらないことがある。それは何かといったら、野良猫のたえたことがないことだ。
あれだけは不思議である。常にボクの家のまわりには、野良猫が住みついている。
どうやらボクの家の裏あたりが、彼らの住処(すみか)になっているようなのだ。そこは表通りからは完全な死角になっている。
裏にはすごく広い空き地があって、そこはある会社が持ち主なのだが、昔から何かに利用するわけでもなく、ずっと空き地のままなのだ。
コンクリートで地面をおおっているので草ぼうぼうというわけではない。最近は一部に屋根を作って何かの物置にしている。
まわりを塀で囲っているのでそこには誰もはいれないので、野良猫には逆に安全な場所になっているというわけである。
猫も顔、色、形で運命が決まる
その裏からひょこひょこ出て来て、ボクの家の玄関の下から中をのぞく。餌をくれというわけだ。
餌付けをすることがくせになってしまっているボクとしては、彼らにキャットフードを与えることが日常になってしまった。
野良猫には餌をやるのかそれともやらないか、これはもうどちらかにするしかないのだ。ボクはやる方をとってしまった以上、もはや宿命である。
できるだけカリカリのキャットフードにする。缶詰めを与えるとぜい沢になるからだ。そのへんは非常にむずかしいのだ。
今、餌の担当係は下宿人の西野君がやっているので、その点でボクは助かっているのだ。
猫はすぐに大きくなる。大人になる。よって繁殖の回転が早い。真冬の寒さと真夏の暑さが彼らの天敵である。目にやにができたりエイズにかかったり、歯が弱くなった野良をみるのが一番つらい。
前のカミさんは家に11匹の猫(元みんな野良)を飼っていた。彼女が家出していったのは今から7年前のこと。あの11匹の猫は今、どうなったのだろうか?
ボクは野良猫の生息しやすい建売住宅を買ってしまったのかも。猫も顔、色、形で運命が決まる。なかなかきれいな毛色の猫と顔のかわいい猫はいないものである。
ボクは“猫物語”ぐらいならいつでも書けるような気がしているのだが…。なにしろボクは15年間、餌をやり続けているのだ。
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