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| イビジェカフェトップ > ターザンカフェトップ > 今日のコラム[2004年02月16日(月)] | ||||
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純愛は不可能ではないのだ!
『女神たちのカフェ』を見た… きのう(2月15日)の晩、NHK衛星第2放送を見ていたら午後10時45分から『女神たちのカフェ』という番組の中で“純愛”をテーマにして、いろんな女性たちが語っていた。 女優の秋吉久美子さんとかである。ボクも純愛に関しては一応興味がある。番組の中で視聴者にアンケートをとっていた。 一つは「あなたは純愛をしていますか? していませんか?」というもの。もう一つは純愛を次の三つの中でどれだと思いますかというもの。@相手に見返りを求めないA一途にひとりの人を思い続けることBSEXをともなわない。 なるほどもっともらしい純愛のとらえ方だ。ボクは世間的にはその三つのどれでもいいと思っている。どれも当たっている。 それ以上、純愛について深く考える必要はない。そのままでいい。十分である。何も世間が思っていること、考えていることをあえて訂正しなくてもいいからだ。 ということは一般的には純愛とは、初恋気分や片想いの気分と、非常に近いものがあるということである。なぜなら初恋と片想いには見返りがない。一途に思う。SEXがないからだ。 ここでわかったことは人々にとって純愛とは、片想いに近い純愛気分になることなのだ。番組でも言われていたが純愛は長続きできない。連続性に欠ける。 なぜならなれてしまったら純愛にはならないというような発言があったからだ。初恋は10代に経験するもの。しかもそれは1回限りのものというのが常識になっている。 30代、40代、50代になっても人を好きになった時、もし初恋のように好きになったらそれこそ純愛といえないか? ボクはそう思うのだ。ボクらは試されているのだ。 「初心、忘るべからず」という諺がある。愛に関して初心とは初恋のことである。30代とか40代になると初恋を追体験として妄想しながら、現実的な恋愛を初恋のように疑似体験していく。そういう考え方、見方もできる。 愛は双方向性でないとおかしい。大人の純愛はその双方向性の純度を問題にしているのだ。純度を100パーセントにしようとするから、見返りを求めない。SEXをともなわないとなってしまう。 見返りには目に見えるものと見えないものがある。男が求める見返りは目に見えるもの、それはSEXだと思う。 それに対して女性は目に見えないものを求める。自分に対するよりたしかな愛の感情を相手(男)に求める。 要はボクは大人の純愛には限りなくむずかしいものがある。それはもう10代の自分に帰れないのと同じぐらいむずかしい。でも決して不可能なことではないのだ。 |
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