カラテとは その2 99:06:18:01:56:50
再びの超長文で申し訳ありません。
興味の無い方は、読み飛ばしていただければさいわいです。
参考までに、文献から引用しておきます。
以下、「マイペディア」平凡社 より
空手 からて
唐手とも記。武器を持つことなく,拳(コブシ)による突き,打ち,足による蹴(ケ)りを
中心とする武術。唐,宋から明にかけて整ったものと思われる中国⇒拳法(ケンポウ)が
,のち沖縄に伝えられて発達,少林流と昭霊流の2派が中心。日本本土には大正末〜昭
和初期に船越義珍らによって紹介された。現行諸流派は松濤館流(始祖は船越義珍),
剛柔流(宮城長順),糸東流(摩文仁賢和),和道流(大塚博紀)など。現在空手競技では
攻撃は相手の寸前で止め,その時の有効性を判定して勝敗を決める。
以下、「世界大百科事典」平凡社 より
からて 空手〔空手〕
身に武器を帯びず,徒手空拳,手と足を組織的に鍛練して,あたかも武器のような威
力を発揮させ,身を守り敵を倒す沖縄古来の武術。
【発生と歴史】 空手の起源は史的文献に乏しく定説がないが,形の名称に中国名が
多いことからみても,中国拳法の影響を受け,沖縄古来の闘技と消化吸収しあって沖
縄独自の武術となり,現在に至ったと考えられる。拳法は中国古来の闘技で,古くは
春秋時代にさかのぼり,唐代には少林寺その他の寺院の僧兵などを中心に護身術とし
て発達していた。明末の兵法書《武備志》に拳法の説明があり,技術が体系化されて
いたことがわかる。沖縄が中国と交流を始めたのは,三山(中山,南山,北山)分立
の初期で,中山王察度(サツト)(1321-95)が明の太祖に入貢した1372年に始まり,第二尚
氏の尚泰(シヨウタイ)(1841-1901)の代まで続いた。この交流により,他の文化の移入と同
じく,中国拳法も沖縄に伝えられたと考えられる。拳法の影響を受け沖縄独自の空手
が発達したのは,2度にわたる禁武政策によるものとされている。一つは,尚巴志
(湿蛇宍写湿)(1372-1439)、ャサーサウ、駁ーク蝪、セーソソ(湿蛇宍湿爵)(1465-1526)、ャテマハ@▲曄璽肇汽賂竺爵湿酌)
(土豪)たちの武装を解除して首里に集住させ,武器の携帯を禁じ,中央集権を確立
し文治政策を行ったこと,一つは島津藩の侵略(1609)により,武器の携帯,新規の武
器輸入を禁じられたことである。この二度にわたる政策により,武器を用いない空手
が必然的に発達したものと思われる。とくに侵略の痛手から立ち直り,政治,経済的
にも安定した17〜18世紀は沖縄文化の爛熟(ランジユク)期であり,空手は精神文化が発達
しつつあったこの時期を前後して発展したと思われ,史料にも先達者の名や空手に関
するものが見られるようになる。しかし,鍛練,伝授法などは武芸のもつ閉鎖的な特
性から,あまり公にすることなく秘密裏に行われ,空手の名称も〈手(テ)〉〈唐手
(トウデ)〉〈唐手(カラテ)〉,地域的には〈首里手(シユリテ)〉〈那覇手(ナハテ)〉〈泊手
(トマリテ)〉と呼ばれていた。1922年文部省主催の体育展覧会で,船越義珍(1868-1957
。松涛館流始祖)が演武紹介して日本本土に伝え,東京を中心とした各大学に広めた
。次いで本部朝基(1870-1942),宮城長順(1888-1953。剛柔流始祖),摩文仁賢和
(マブニケンワ)(1890-1952)が関西を中心として普及発展につとめた。名称も35年船越義
珍により,旧来の唐手を空手道と改称,39年には大日本武徳会によって正式に認知され
て,日本武道として確立された。戦後は他の武道と同じく競技化への道が研究され,
日本空手協会(松涛館流)によって57年に全日本選手権大会が開かれ,次いで学生連
盟によって流派を超えた全日本学生選手権大会が公式に行われた。
【空手の方法】
[特性] 手と足を組織的に鍛練し,四肢五体を前後,左右,上下均等に動かし,屈
伸,跳躍,平衡などのあらゆる動作に習熟し,受け,突き,蹴りの攻防を行う身体運
動である。目標とする部位へ,最短時間に最大のスピードで技をかけ,最大限の力を
集中爆発させる。これを極(キ)めという。極め技は空手には不可欠の要素であり,日ご
ろの基本技の鍛練が肝要で,身体の各部位をすべて武器化し,意のままに動かせるよ
うな自己制御が必要である。技術はもとより精神を練り,勝負だけを究極の目的とす
るのではなく,人格完成を図る武道である。
[基本の技術] 基本の技には相手の攻撃から身を防ぐ各種の受け技と攻め技があり
,その使用部位,立ち方によりおのおのの名称がある。立ち方には前屈立ち,後屈立
ち,騎馬立ち,三戦(サンチン)立ち,四股(シコ)立ち,半月立ち,不動立ち,猫足立ちなど
があり,使用部位のおもなものとして正拳,裏拳,平拳,1本拳,鉄槌(テツツイ),手刀,
背刀,貫手(ヌキテ),底掌,ひじ,上足底,足刀,かかと,背足,つま先,ひざなどがあ
り,攻防ともに使われる。_受け技 相手のあらゆる攻撃に対して,強い受けで攻撃
の手足に打撃を与え攻撃意欲を粉砕し,受け,反撃の極め技を同時に行う。または前
後左右にさばいて身を置きかえ反撃の機会をうかがう,相手の体勢を崩す,相手の出
はなをおさえるなど,自分の体勢間合いにより種々変化する。もっとも基本的な受け
としては,顔面を攻撃してくる突きを手首の部分で下からはね揚げて受ける上段揚受
け,中段を攻めてくる突きを横から回して強く,または流して受ける中段腕受け,下
腹部を攻めてくる突きや蹴りを上から斜めに打ち下ろして受ける下段払いがある。ほ
かに手刀受け,背刀受け,背腕受け,手首掛受け,底掌受け,すくい受け,足底回し
受け,波返し,両手を使う諸手(モロテ)受け,十字受け,掻分(カキワケ)受けがある。_突
き,打ち 突きとは正拳(握りこぶしの人差指と中指の付け根の部分)を使用する直
突きのことで,ひじを伸ばして前腕を内側にねじり込むようにして,こぶしを正面の
目標に当てる突きで,追(オイ)突きと逆突きがある。ほかに揚げ突き,裏突き,鉤
(カギ)突き,山突き,諸手突き,合せ突き,挟(ハサミ)突きがある。打ちとはひじ関節の
ばねを利用して,横に縦にスナップを効かせて打つ極め技で裏拳打ち,拳槌(ケンツイ)打
ち,手刀打ち,背刀打ち,底掌打ち,猿臂(エンピ)打ちがある。_蹴り ひざ関節のば
ねを利用して正面の目標を上足底,つま先,背足,かかとで蹴る前蹴りと蹴込み。正
面向きのままで側面を蹴る横蹴りの蹴上げ,蹴込み。正面または斜め前の目標を蹴る
回し蹴り。後方を蹴る後蹴り,高く跳躍しての飛蹴り,飛横蹴りがある。
[組手] 組手は実際に相手と組んで,互いに攻防技術を体得する練習方法で,5本組
手,1本組手,自由1本組手,自由組手がある。自由組手以外は互いに攻撃部位,回数
を定めて攻防を行う約束組手である。5本組手は一定の間合いを取り,定められた部
位を5回前進して攻撃,防ぐほうは後退して受け,最後の5本目に反撃し極めを入れ
る。連続して行うので,手,足,腰,足さばきの鍛練をかね,基礎的な技の正確さを
習熟する組手である。1本組手は1回だけの攻防で,熟達するに従い正確さ,強さ,
鋭さが要求され,とくに受けよりの反撃をすばやく,一呼吸のうちに行わなければな
らない。自由1本組手は,互いに自由に構え,任意の間合いを取り,攻防ともに与え
られたチャンスはただ1回の気持で行い,間合い,気当り,体さばき,残心などを会
得する組手である。自由組手はなんらの約束申合せをしないで,精神的,肉体的な対
敵動作を最高度に発揮させる組手で,攻防に使う技は,よくコントロールされて相手
の急所寸前を目標として極め,当てることは禁止している。
[形] 基本技を合理的に組織構成したもので,四方八方に敵を仮想し,定められた
演武線を進退転身して行い,その攻防の技を一連の連続動作として作られていて,攻
防のあらゆる要素を含んでいる。形の種類は50あまりあり2種に大別できる。一つは
俊敏で飛燕(ヒエン)のような感じのするもので,軽捷(ケイシヨウ)機敏の早業を習得するのに
適し,一つは素朴な中に重厚で雄大な感じのするもので,体力を練り筋骨を鍛えるの
に適する。前者は松涛館流,糸東流,和道流(首里手系)に属し,後者は剛柔流(那
覇手系)に多く見られる。おもな形として,首里手系には,平安(ピンアン),内畔戦
(芝軸写爵蔀爵)。、ナエオウ(偲篠執)。、ク樗好竪失鴫湿車爵失)。、エムカG叱爵失宍)。、イヲスエ(灼爵湿遮宍)。、アネヲ雫爵射釈)。、
トトニョ(蔀爵柴宍)。、エ萋瓱叱酌爵叱失)。、コヌラ(杓鴫写軸)。、フタカタ(者軸執蛇宍)。、ネエコノ(写釈篠悉軸)。、ネセキ遖疾鴫湿車爵)
。、ススシ螯湿酌篠偲)。、サ乾G湿酌七爵)。、チヤトテ(質宍蔀爵)。、アタシ螯宍爵湿遮)。、トチシ螯蔀爵偲)。、ニ織好汽悒
(屡鴫疾鴫湿鴫)。、グススサヘハ皋宍鴫疾鴫湿鴫)。」ニ睇ニシキマ、ヒ、マ。、サータ鍜悉爵蔀爵)。、ナセセク(偲爵湿蛇宍)。、コヌヌヒ
(悉軸写)。、キ篌ユ(嫉酌執悉軸)。、タャア謄逃疾軸雫爵蔀爵)。、ヘ靜アヌヒ(失勺勺爵捨灼)。、ススネャハ皋疾鴫写釈軸)。、ノエホネャ
(スーパーリンパン),三十六歩(サンセール)などがある。名称は音読みを和字化したものと,日
本的名称にかえられたものがある。
[鍛練法] 形や基本動作,基本組手の反復動作により,敏捷性,持久性,器用性,
柔軟性が得られる。さらに力石(チーシ),バーベル,鉄下駄などの補助具,または腹筋背
筋運動によって身体各部位の強化をはかり,巻きわら,サンドバッグで突き,打ち,
蹴りの瞬間的な集中衝撃を体得する。とくに空手独特の武具巻きわらを用いての鍛練
は空手修行の生命であり,日常欠かすことはできない。
[試合方法] 形試合と組手試合がある。形試合は紅白試合,または採点制で行う。
紅白試合は2人の選手が同時に形を演じ,審判(主審1,副審4)により判定される。採
点制は主審を含め7人の審判員で行い,1人の選手の評価点(10点法)を同時に掲示する
。その点数の最高点と最低点とを除いた合計点が得点となる。攻防の理にかなってい
るか,威力,気魄,態度,力の強弱,技の緩急,体の伸縮などが採点の要素となる。
演武の継続性を失ったとき,順序をまちがえたり,申告形,または指定形と別種の形
を演武したときは失格となる。組手試合は8_四方のコートの中で,2人相対して自由
に攻防を行い,的確な突き,打ち,蹴りの極め技を入れることによって勝負を決する
。審判団は主審1,副審4,監査役1の6名で構成され,試合時間は通常2分である。試
合においては相手に実際当てることは禁じられており,定められた目標部位(頭部,
顔面,頚部(ケイブ),胸部,腹部,背部)寸前で十分に届く余裕をもって極めなければ
ならない。正しい姿勢,充実した気魄,適正な間合いでの威力ある極め技が相手の目
標部位寸前で決まった場合1本勝ちとなる。1本勝ちにはならないが,それにほとん
ど近いような技が決まった場合には技ありとなり,技ありが2回あれば1本となる。
相手に当たった場合は反則負けとなり,程度の軽いものは反則注意を宣告され,2回続
けると反則負けとなる。コート外に逃避した場合は場外注意の宣告を受け,3回続ける
と失格となる。1本勝負で行う方法のほかに,1本,技ありをすべて1本とみなして,3
本先取りで行う方法がある。勝負の判定は,1本勝負の場合は,時間の有無にかかわら
ず1本取った者を勝者とし,技ありだけで時間切れとなった場合,互いに技がなかっ
た場合は,審判の判定により勝敗をつけるか引分けとなり再試合を行う。3本先取の
場合も3本取得者を勝者とし,時間切れで2対0の場合も2本取得者を勝者とし,2対
1,1対1,1対0,0対0の場合は判定により勝敗をつけるか引分け再試合を行う。再試合
は1本先取者を勝者とし,決まらない場合は再延長を行う。審判団は必ず勝敗を決定
しなければならない。
[現状] 1964年に都道府県連盟,全日本学生連盟,全自衛隊連盟,実業団連盟,日
本空手協会(松涛館流),糸東会,和道会,剛柔会,練武会,連合会の団体が,流派を
超えて全日本空手道連盟を結成。70年には世界空手道連盟World Union of Karated_
Organization(略称WUKO)が33ヵ国をもって結成され国際組織として統一されたが,75
年日本空手協会が脱退,別組織のInternational Amateur Karate Federation(略称
IAKF)を結成し,世界大会は二つの組織で行われていた。しかし,近い将来オリンピ
ックの競技種目にとり入れられることも考えられ,再び組織の統一化が進められ,84年
に両者統一の世界大会が開かれた。国内では1981年国民体育大会に正式種目として初
参加,選手は流派,会派にこだわることなく参加できる。国内外の競技化により,組
手試合に体重制が採用され,さらに女子による組手試合も行われている。このように
,空手は国際的に普及発展したが,競技が体重別に移行し,技が単純化し,伝統的要
素が失われつつある。空手の本質にかえり組手の基礎である基本技,形の鍛練を無視
しての競技は,空手の衰弱に連なっていくことを忘れてはならない。今後の問題点と
して,国内組織の完全統一などが残されている。 津山 克典