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退屈には内的退屈と外的退屈の二つがある

   石巻で生活していると彼女が1日に1回、必ず同じ言葉を私に向かって発する。「退屈したんじゃないの?   もう東京に帰りたくなったんじゃないの?」

   たぶん多くの人は彼女と同じ思いを私について感じているはずだ。あのターザン山本が、刺激の少ない地方ではガマンできるはずがないと。

   しかしそれをいうなら長い長い都会生活の方に私は飽きてしまった。もはや刺激といえるようなものはない。

   退屈にも当然、レベルがある。そのキーワードは創造性と想像力だ。あるいは妄想力といってもいい。

   この三つを強く意識している人間とそうでない人間では退屈の意味がまったく違ってくる。

   日常的現実が退屈なことはわかりきったことだ。ただ人間には脳内現実というものがある。

   脳はもう一つの現実なのだ。問題はそこだよ、そこ。つまり外的状況は前提として退屈に決まっている。

   それを外的退屈と呼ぶ。問題はそれに対して脳がどう対処するかである。外的退屈に負けてしまうと脳もそのことで劣化してしまう。

   要するにその程度の脳だったということだ。だからたとえ収容所にいようと、避難所にいようと絶対に脳は退屈してはならないのだ。

   転んではただでは起きないのが脳だ。毒を食らわば皿まで食うのが脳だ。出る杭は打たれないのが脳だ。

   すべての退屈を錬金術で変えろ。真の才能とは生きる錬金術師のことなのだ。どこにいても同じさ。脳は時間とだけ戦っている生きものである。

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