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ゼロになれない自分がいる

 見城徹著「異端者の快楽」という本を読んで思ったことは、編集者はいつだって「ゼロになれる自分」にならないとクリエイティブなことはできないということだった。

 もうそれに尽きる。たとえば人は自らの生活を第一に考えたら当然、人生は守りにはいる。

 まして立場や地位を確立した人ならなおさらそうなる。しかし、それは別に悪いことではない。人はまず“生きる”ことが最も大事なことだからだ。

 ただ見城氏は編集者として、いい仕事がしたい。納得した仕事がしたいと思い続けていた。だったら「角川書店」の取締役の自分を捨てて独立するしかなかった。

 これは完全に無謀な冒険である。男が無理なこと、不可能なこと、できないと思われていることをやっていかなかったら、そんな自分は自分ではない。

 つまり少しでも守るものがあったらその瞬間、編集者としての能力、才能、情熱、執念、殺気、狂気がなくなってしまうのだ。

 だから、いつだって自分をゼロに持っていこうとする。答えはそこだ。私も「週刊プロレス」の編集長時代、週末の土、日曜は競馬をやって、持っているお金をすべてすった。なくした。所持金はゼロ。私にとって自分をゼロにするとはお金のことを意味する。ゼロにしないと自分が自由な存在でいられなくなるのだ。

 もう私もその時、編集者という病に冒されていたのだ。この病はもう麻薬みたいなもの。そして今でも私はこのゼロになろうとする自分を引きずっている。この年(62歳)になってまで、そんなことをする必要はまったくないのに、である。

 みなさん、こんなバカなまねはしないでくださいね。あ、するはずないか。当然だよね。ガ、ハ、ハ、ハ、ハ。


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