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昔、幸せとは欲望を足し算していくことだった・・・

 人間とは文明人のことをいう。もし生きものを“種”として分けるとしたら、人間は動物の中で“文明種”になる。

 この文明種のキーワードは欲望である。つまりそれは「欲」と「望」のこと。それが人間が人間であることの条件でもある。

 だから、人は常に欲と望みを持って生きている生きものといえるのだ。そうすると、その欲と望みを満足させることが人間の幸せになっていく。

 この理屈はまったく正しいのだ。そのことを大々的にあおったのが、実は資本主義だった。文明は必然的に資本主義に向かっていく運命にあったのだ。

 最初は農産物。次が工業製品。それって、“物”を生産することで生きていくことの豊かさを保証していく。それが資本主義の理屈でもある。

 その結果、物を持つ物と持たざる物が出てくるのは当然だった。その差がまた、幸せのバロメーターになっていった。

 こうなるともう欲望もまた人間にとって、もう一つの重要な資本であることがわかってくる。

 私からすると、文明の誕生と共に幸せという概念を人間は知ってしまったということになるのだ。

 そんな中で欲望と幸せは比例する関係にあった。じゃあ欲望を現実化できない人、欲望という資本を利用したり、活用できない人は幸せに手が届かない人になってしまうのだ。

 はたしてそれでいいのか? である。さらば欲望、資本主義。もし私という時間が最大にして最高の資本だとわかったら、幸せについての考え方も変わってくるはず。

 しかし、それは無理か。無理だろうなあ。


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