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我慢と辛抱はまるっきり違うのだ!

我慢も辛抱も自分の気持ちを抑えることでは共通している。いわゆる、耐えること。忍耐のことである。
だが、この二つは全然、意味が違う。我慢はするな。辛抱はしろ。それが答えである。我慢という字に“我”がある。
この“我”はやっかいなのだ。自分を捨てていないからだ。そこには自分へのしつこいこだわりがある。我執といってもいい。
どこまでいっても我意を優先させ、それを張り通す気持ちがどこかに残っている。それが、我慢という言葉の定義である。
仏教では我慢のことを、自分を偉く思い他を軽蔑すること、慢心、うぬぼれをさすのだ。
やっぱりなあである。
だから、我慢という言葉には基本的にいいひびきがない。
それに対して、辛抱という言葉にはじっと耐えていたら必ず何かいいことがある。そこに自分の未来があると信じる気持ちがある。
つまり、耐えていることが自分のプラスになると思えるのだ。それはすなわち、自分を信じられる気持ちといってもいい。
我慢には、この何かを信じるという心がない。これはもう決定的である。「我慢しろ」と言ったら、無理にそうしろというイメージがあるが、「辛抱しろ」と言ったら、そこに愛情が感じられる。
だったら、自分の辞書から我慢という言葉は削除しろ。辛抱という言葉をとれ。それが君のためでもある。
仮に今、自分は我慢しているなと思ったら、その場をすぐに去ること。それが賢明だ。そういう形で我慢という言葉を完全に消し去ることもありなのだ。


ターザンカフェより)

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