スポーツの掲示板ならイビジェカフェ

サッカー、プロレス、格闘技のスポーツ総合掲示板。

サッカー選手のことなら【イビジェカフェ】 プロレス選手のことなら【イビジェカフェ】 格闘技選手のことなら【イビジェカフェ】 ターザンカフェ
今日のコラム
煩悩菩薩日記
プロ格コラム
ターザン山本の裏目読み馬券作戦
競馬西遊記
覆面Xの人間万事塞翁が馬予想
平馬の千円馬券遊戯
映画コラム
元気が出るアジ語!
ゴールドラッシュ
ターザン情報
ターザンストック
イビジェカフェモバイル
イビジェカフェQRコード QRコードをご利用頂くか、以下のフォームにケータイのアドレスを入力して送信すると、モバイル版イビジェカフェのURLが届きます。

ラブストーリーと純愛はまったく違うものだ

 評判の映画「スラムドッグ$ミリオネア」を見た人が、この映画について「実はラブストーリーなんだよね・・・」と言った。

 男性友達と女友達の2人が共に同じことを私にそう言ったのだ。さっそく見に行ったらこれって現代人が失ってしまった“純愛”がテーマじゃないか?

 もっと具体的にいうと純愛という感情のことである。それは一般的には若者の一途な恋愛感情とか、片想いのことでもある。

 この映画では主人公の青年の彼女に対する一方的な気持ち。そういうことって一歩、間違うとストーカーに思われてしまう。

 だが、人間として生まれたからには人は一度は純愛という感情をもった経験があるはずなのだ。もし、それがないというのならもはや不幸というしかない。

 純愛は今の時代においては完全に“死語”と化した。どこにもない。だから見たことさえない。だが「スラムドッグ$ミリオネア」が見事にそれを我々の前に見せてくれた。

 そのためにはあの何もかもがカオスそのもののインドの街とスラム。その風景の中にあって初めて純愛はよみがえることができたのだ。

 この映画のもう一つの主人公はインド社会が見せてくれているあの風景。その風景にはまったくウソがない。

 仏教においては蓮(はす)の花を蓮華(れんげ)といって極楽浄土の象徴とする。その蓮は沼の中で美しくあざやかな花を咲かせる。

 まさしく主人公の青年の純愛は、インド社会を沼にたとえるなら、その中で咲いた一輪の蓮の花といえるだろう。

 そして映画の中で少年(青年)は常に街の中を逃げていく。疾走する。逃げるしかない。逃げ切るしかないのだ。

 青春とは疾走感への衝動的感覚のことでもある。私がこの映画で一番気に入っているシーンは、彼女に対していっしょに逃げようといって夕方の5時、駅で待ち合わせをするところ。

 ひたすら待つ青年。あれこそが純愛スピリットなのだ。だからこれは断じてラブストーリーではない。

 あえていうなら現代版の“ロミオとジュリエット”といってもいい。インドに行きたくなった。

<< 戻る  進む >>
利用規約 ご利用ガイド
Copyright © 1996-2011 INTERNET BUSINESS JAPAN Co., Ltd. All rights reserved.