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なぜ、クリント・イーストウッドは『15時17分、パリ行き』という映画を作る気になったのか?

 映画の内容云々、テーマ云々よりもそこだよな。クリント・イーストウッドは前作では旅客機がハドソン川に不時着する事件を映画化した。

 実際にあったことだ。今回も列車にテロリストが乗り自動小銃を乱射した事件。どちらも実話だ。もうフィクションには興味ないのかなあ。

 そう思われても仕方がない。観客の立場からするとこれは実話なんだという気持ちはない。あくまで映画として見ている。

 そりゃそうだよ。映画は映画さ。たとえ実話だろうとスクリーンとして映像化されると脳内体験でしかないからだ。

 まさかあそこで列車テロ? そんな気配、予感はまったくない。映画って伏線が必ずあるよな。だから映画とも言える。

 これは監督と観客の阿吽の呼吸でもある。伏線、完全拒否。突発的テロ。それが言いたかったのか? 何も起こらない時間。

 何もない時間。淡々とね。それがいかに平和であることの象徴なのか? 彼ら3人の若者は静かなるヒーロー?

 サイレントヒーロー? それとも男、若者特有の友情ストーリー? 違うな。イーストウッドは何も起こらない時間をひたすら描き続けた。

 少年時代、学生時代、社会人。ヨーロ旅行。生きて存在していることだけが確かな手応えでしかない。そこに意味はない。

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