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剛竜馬ほどかわいそうなレスラーはいない

 剛竜馬が国際プロレスを離脱して新日本プロレスのリングに上がったのは昭和53年(1978年)のことだった。

 その時、剛さんは22歳だった。そしてその年の7月27日、日本武道館で剛は藤波辰巳に挑戦。

 WWWFジュニアヘビー級のタイトルマッチをおこなっている。チャンピオンの藤波は25歳だった。

 みんな若いよなあ。もう今から31年前のことだ。あの時、なぜ剛は国プロを飛び出して新日本に移ったのか?

 もちろんそれは新日本の引き抜きである。藤波人気を盛り上げるためにはどうしても日本人対決が必要だったからだ。

 その件について剛さんに質問したことがある。すると彼は一瞬、顔をくもらせた。その件についてはしゃべりたくないという感じなのだ。

 いえば国プロとその社長だった吉原功さんを悪くいうことになる。それはできない。つまりは自分には自分の言いぶんがあったということが言いたかったようだ。

 結局はお金の問題。本当に当時の国プロの経営状態は苦しかった。3年後の昭和56年8月9日、北海道の羅臼(らうす)大会を最後に倒産するのだが、選手へのギャラ(ファイトマネー)は、遅れがちだった。

 それでも選手はみんな吉原社長についていった。そんな中で剛さんは一、抜けたと出ていったのだから、それだけで彼は悪者になる。

 しかし剛さんは早くから両親をなくし、妹2人の生活は彼が面倒をみていた。だからどうしてもお金は必要なのだ。

 それに藤波のタイトルに挑戦できるのは、彼にとってはまたとないチャンス。それは剛さんでなくても新日本に行くよ。(つづく)

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