イビジェカフェ
サッカーカフェ プロレスカフェ 格闘技カフェ 野球カフェ ターザンカフェ ノンジャンルカフェ
今日のコラム
煩悩菩薩日記
夢香日記
プロ格コラム
競馬西遊記
映画コラム
元気が出るアジ語!
ターザン情報
ターザンストック
イビジェカフェモバイル
イビジェカフェQRコード QRコードをご利用頂くか、以下のフォームにケータイのアドレスを入力して送信すると、モバイル版イビジェカフェのURLが届きます。

“マッスル”を見ていたら、昭和のプロレスがわかってくる

5月6日、後楽園ホールで“マッスル”の試合を見た。試合というよりも、あれはコントだ。そう言った方が正しい。
コントとは、風刺と機知に富んだ小話のこと。または、軽妙でこっけいな寸劇。
まさしくそれは“マッスル”のことをズバリ言い当てている言葉だ。
「風刺」「機知」「軽妙」「こっけい」「寸劇」。どれも“マッスル”の基本中の基本コンセプトである。
しかし、それらはすべて昭和のプロレスが存在していたという事実があって、初めて“マッスル”という世界は成り立つのだ。
昭和のプロレスは偉大だった。そのことはもう、あらためていう必要はまったくない。わかりきったことだ。
だから、私なんかどの角度から見ても“マッスル”は昭和のプロレスの焼き直しにしか見えない。すでに眠っている過去の記憶を刺激される感じだ。
たとえリングでやっていることに“笑い”しかないとしてもである。しかも、あの笑いは昭和のプロレスを知っているもの、昭和のプロレスをわかっている人、愛している人にしかフィットしない。
名付けて、「“マッスル”は劇作本昭和プロレス」だ。あのシナリオを考えている人間は、明らかにプロレス版劇作者だ。
こういう形で昭和のプロレスが生きながらえているのかである。逆にいうと、まだまだ昭和のプロレスは死んでいない。
そういう結論になる。どうせなら、そこにゴージャス感を出せればいうことなしなのだが、それは無理か。
学芸会の延長線上、同好会の延長線にあるのは仕方がない。それがまた“マッスル”だから。私の心の中の昭和のプロレスは、いつだって生き続けているということかも・・・。



ターザンカフェより)

「ビジュツイッキ塾」5/10日(土)19:00〜 「ルノアール」ニュー秋葉原店。課題は上野の東京都美術館で開催中の「芸術都市パリの100年展」。参加費は千円
博多実践文章講座 5/15(木)14:00〜 福岡市中央区荒戸3−4−16 九コンビル2Fセミナールーム
出張熊本実践文章講座 5/15(木)19:00〜 熊本県民交流館パレア 会議室5 



会社概要人材募集 利用規約お問い合わせ ご利用ガイド
Copyright © 1996-2008 INTERNET BUSINESS JAPAN Co., Ltd. All rights reserved.