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障害者プロレスについて。

・「やれ、やれ、もっとやれ!」と思った!

 

 障害者プロレスのことについては、きのうの日記に書いたが、ここではそれについてもう少し気が付いたことを書く。

 障害者はどうしても奇異な目で見られがちである。

 昔はひどかったと思う。肉親でさえ世の中から隔離しようとした。

 今はそうではない。偏見は少しずつなくなりつつある。パラリンピックまである。車椅子でバスケットボールの試合をしている。

 スポーツに関しては障害者の人でもいろんなことができる。知的障害者が表現活動に生きがいを見出している人は多い。

 そしてそこに障害者プロレスが出現した。

 人間というのは「見られる」という行為に「快感」と「不快」の二つの感情を持つ。

 自己顕示欲は誰にもあるもの。自分のいいところを人に見せたいという感情のことである。

 スポーツ選手も、もしそこに観客がいなかったら、どんなにつまらないか? いや味気ないものになる。

 見られることが彼らのナルシスト的感情をあおるのだ。いいことである。

 その一方で社会的差別を受けている人たちは、見られることが拒否反応になる。苦痛である。

 そこを見事に逆転させているのが障害者プロレス。そこでリングに上がる障害者選手は、見られることをポジティブなものへと転換しているからだ。

 私が目にした選手は車椅子で入場した時、何か叫び続け顔にはペイントまでしていた。ウン、あれぐらいのことはしないとダメだ。

 合格。合格である。

 障害者には殴るとか蹴るというのはタブーな行為、それを彼らは自分からリングでやっているのだ。

 あれも痛快だった。私なんか「やれ、やれ、もっとやれ!」と思った。遠慮なんかするなよである。

 その方がすがすがしいからだ。いずれにしてもわかったことがある。人に「見られる」ということは、人生においてはきわめてぜい沢なことだということである。押忍!

 ターザンカフェより)

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