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井上編集長はプロレス記者を募集した時、私を採用したのは奇跡だったかも………

 「週刊ファイト」の名物編集長、井上義啓さんには当時、部下がいなかった。それは私がファイトの編集部に入ってわかったことだった。

 1977年の2月。みんなファイトでプロレス記者になりたかった。応募者で書類選考をパスしたのは何人だったのか? 15、6人いただろうか?

 もう少し少なかったか? 採用者は一人だけ。かなりの狭き門。私はその時、すでに31歳だった。結婚もしていた。学歴は大学中退。

 履歴書の職歴欄にはロクな仕事が書かれていない。まともな会社には勤めていなかった。俗に言う風来坊。今でいうフリーターもどき。

 42年前の話だ。ほかの応募者は20代。若かった。そんな中、私が採用されてわかったことがある。井上編集長以外の社長や重役連中は全員、私を採用することに反対した。

 そこを押し切って井上編集長が私を採ってくれたのだ。このことは後で専務が教えてくれた。社長面接でも私は皮肉を言われたことを覚えている。

 もし、あの時、井上編集長が私を強引に取っていなかったらその後のプロレス界の歴史は完全に変わっていた。今とは違ったものになっていたのだ。

ターザンカフェより)

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