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猪木はなぜプロレスを捨てたのか?

全日本プロレスの社長である武藤敬司はこのところ何かあると「猪木さんはプロレスを捨てた。だからオレがプロレスを守る」という言い方をしている。

A・猪木はなぜプロレスを捨てたのか? 武藤流の解釈だと「PRIDE」や「K‐1」に接近して格闘技寄りの路線を打ち出したことを言っているようだ。

プロレスはプロレス。それでいいではないかというのが武藤の考えなのだ。要はプロレスが好きであるかどうか? 問題はそこにいきつく。

そうなると猪木さんはレスラーとしてファイターとして超一流のセンスを持っていたが、プロレスが好きだったかというと、それは大いなる疑問である。

ここに面白い説がある。新日本プロレスの歴史においてまともな形でビジネスをしたのはWWF(現WWE)だけだったというのだ。

先代のビンス・マクマホンとのつながりで「MSGシリーズ」や「MSGタッグリーグ」をやっていた頃のことである。

WWFのチャンピオン、ボブ・バックランドを呼んだり、藤波辰爾がWWFのジュニアヘビー級のチャンピオンになったのがそうである。

それ以外で新日本に近付いてきたのは山師的な者として2人の男がいたという。ひとりは"死神"ジョニー・パワーズである。

彼はNWFヘビー級のチャンピオンとして来日。そのベルトを猪木に取らせてしまい、以後猪木はNWFのベルトを闘魂の象徴としていった。



・猪木、ボック、パワーズに共通するもう一つの点はプロレスがそんなに好きではないこと。

しかしあれはパワーズが新日本にベルトを売った。あるいはレンタルしたというのが真相。パワーズはその点でもとんでもないビジネスマンだった。

なぜならあのNWFのベルトは米マット界ではすでに実体のない死に体のようなベルトだったからだ。

それを日本で生き返らせたのが猪木である。パワーズと同じように山師的な面を持っていたのがドイツ人のローランド・ボック。こちらも猪木に近付いてきて、昭和53年には猪木を欧州サーキットに呼ぶことに成功する。

でもボックもどこかいかがわしいところがあって、猪木はそのサーキットで約束されたギャラの全額をもらえなかった。

面白いことにパワーズ、猪木、ボックの3人には共通したことがあるというのだ。

一つは本業のプロレスよりもプロレス以外のビジネスに首を突っ込んでいくことだ。

そういえばパワーズも事業欲に燃えていた。ボックはホテルやディスコを経営していた。

猪木はアントンハイセルや永久電池に夢中である。なるほどたしかにこの3人には"山師的"な性格が見てとれる。

そして彼らに共通するもう一つの点はプロレスがそんなに好きではないということだった。

だから3人ともプロレス以外のビジネスに手を出していく。そして興味深いことにはそのプロレス以外のビジネスで3人はいずれも成功していないことだ。多くは失敗している現実しかないということである。



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