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暴露ネタがなかったらこんなにプロレスを好きになっていなかった

   昭和のプロレスとは何かといってそれを定義するとしたら「プロレスの背後、裏には暴露ネタがいっぱいだった」とそう言うことができる。

   プロレスはマッチメイクのことである。興行をマッチメイクする。カードをマッチメイクする。

   この二つだ。そのためには会場(体育館)を設定する。どこで試合をやるかだ。次に出場するレスラーとそのカードを考える。

   もう、それ自体が非常にクリエイティブなフィクションの世界を作り上げることなのだ。

   それって手が込んでいればいるほどいい。あるいは意外性、偶然性など突然のハプニングさえ演出の中にはいっている。

   それを成立させるには何よりもレスラーの存在感、つまり泥臭い人間的魅力がモーストインポータントだ。

   A・猪木とG・馬場にはそれがあった。この2人は何もしなくても人生のドラマが見えてくる。

   それこそがまさしく真のプロレスラーなのだ。でも、リングでやっていることはねりにねられた演出、フィクション。

   フィクションなのにリアリティがある。ファンはそのリアリティに酔う。夢中になり興奮し快感をおぼえる。

   現に私がそうだった。昭和のプロレスはそういう点では完璧だった。ということはプロレスには舞台裏があるということだ。

   あっていいんだよ。私はその舞台裏も同時に好きだからだ。だから私は暴露好きでもある。だってそれがプロレスだもん。

   はっきり言おう。私は昭和のプロレスには一度も失望したことはない。全部、ぜ〜んぶ好き。

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