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障害者プロレスはプロレスにとって一つのリトマス試験紙なのだ

   7月14日、石巻で障害者プロレスの試合を見た。そこで感じたのはプロレス的なものがいかなることなのかという問いである。

   障害者プロレスはリトマス試験紙になる。なぜならプロレスとは手を抜かないことがすべてだから。

   ガチンコとかセメントとか真剣勝負という言葉がある。それは何も勝負論のことを言っているのではない。

   勝敗うんぬんよりも試合中、どんな技を出す場合でも決して相手に対して手加減しない。

   手加減したらプロレスではなくなってしまう。そのことが最もきびしく問われているのが実は障害者プロレスなのだ。

   障害者だからといってパンチや関節技に手加減を加えたら、その瞬間に障害者プロレスは存在理由を失ってしまう。

   我々としても見るモチベーションがなくなる。彼らは手や足を自由に動かせないというハンディがある。

   でも、だからこそあえてきびしい攻めをしていく。妥協なき攻撃。容赦しないインサイドワーク。

   それでこそ障害者プロレスといってもいい。そのことで障害者プロレスの笑いも生きてくる。もちろん、プロレスに特有の寸止めも絶対に必要。

   要はこの兼ね合いである。以上のようにプロレスの原点、基本、エッセンスが障害者プロレスにはすべてあるということだ。みんな障害者プロレスを見に行こう!

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