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ミルコは“侍失格”である!

 ミルコ・クロコップに黄信号がともった。

 昨年までの格闘技界はミルコが中心になってまわっていた。誰もこれには異論はないと思う。2月1日もロン・ウォーターマンに1回、4分37秒、KO勝ちして、2004年の最初の試合を勝利で飾ることができた。

 問題はミルコの周辺に余計な情報が去年からまとわりついていることだ。一つはクロアチアの選挙に出て当選。国会議員になったこと。これなんか「なんのために?」と首をかしげざるを得ない。

 ミルコの魅力はリングの試合以外のことは、いっさい“余計なこと”と切り捨てていたことだ。それがミルコを武芸者風ファイターのイメージにしてきた最大の要因でもある。“侍”の定義とは実はそこにある。闘い以外のことは何もするな。それが侍である。いつも試合や戦場の中で生きていくのだ。

 もともと“侍”という字は“仕えて”“待つ”という意味なのだ。主君や神に仕えて何か非常事態があったら、参上し命を懸けて闘う。

 その気持ち、精神を日常レベルでも持続していくこと。それを持続できないものは、侍とは呼ばない。

 ミルコは“侍失格”である。私はPRIDEと高田延彦に言いたい。男だ、男だと言っているが、彼らが言っている男には、実体がない。

 男とは何かを定義して言葉を使ってもらいたい。「男は侍である」。この定義しかない。

 ミルコの話に戻ろう。政治家になったらだめだろう。真の侍はそういうことは決してしない。

 なぜならそれらは闘いにとって余計なものだからだ。とにかく気になるのはミルコから世俗的な臭いを感じてしまうことだ。侍にとってはタイトルやチャンピオンベルトさえ余計なもの。

 ミルコは“無冠”であることが最も似合っていた。そこに格闘技のエッセンスとエキスがあることを、みんな忘れるなと言いたい。



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