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第5回 子どもは小さな哲学者!

 私の実家は三軒並びの長屋住まいだった。父は生涯、自分の家を持つことはなかった。本来なら長男の私が両親のためにマイホームを建ててやる。4人兄弟のうち唯一、私だけが大学に行かせてもらったのだからそれくらいのことはしても当然。それが世間的親孝行というものだ。姉、妹、弟は学歴、高卒。しかも生まれた岩国から出たことはない。姉は結婚したあと岩国の近く通津に家を買いそこに住んでいた。

 ハッキリ言って私には親孝行する気持ちは全く始めからなかった。そんなことをしている暇はない。俺は俺の人生だけを生きる。そう心に固く誓っていたのだ。仮に親孝行をしたら私の人生は両親のコピーになってしまう。両親よりは少しマシな人生。それはマズイよ。御免被りたい。じゃあ、私はなぜこの世に生まれて来たの? 生まれて来たことによる特権はどこにもないじゃないか? それは耐えられない考え方だ。だって貧しい家なのだ。そこにあるのはもう好き勝手に生きるという自由しかない。子ども心に私はそれを確信していた。

 親孝行、絶対拒否。親よりも自分を取る。だって父が40、母が35の時、生まれた子だよ。このワンチャンスを生かすしかない。全ては自分のためにだ。父も母ももし私と同じく戦後に生まれていたら二人とも大学に入っていた。その能力はあった。明治生まれだもん。特に母は女学生が似合ったはずだ。美人じゃなかったが男にはモテた。私にはそれがわかるんだよ。大学生になった母に息子の私がその母に会いに行く。そんな小説を書こうとしたことがあった。その意味で私は母のことが好きだ。

 まだ4歳から5歳の時だった。初めて自分という存在を意識した。え? あれ?
なぜ、自分はここにいるの? この自分って何? 何なの? その瞬間、私が山本家の住人でその子どもであることよりも私は私なのだと思った。山本家の中の他人、他者。間違いない。両親や兄弟は仮の関係。だから家族愛という遺伝子は私には最初からなかった。つまり家族のふりをしながらまわりを見ていたのだ。でもそんな私も一方では母がそばからいなくなると大声で泣き叫び「お母ちゃんがいない。いない。いない!」と表通りまで出てわめいていた。

 やっぱり子どもは子どもである。私は男の子なのに今でも肌が白い。お湯に浸かっているとピンク色に染まる。赤ちゃんの時、その白が際立っていて近所の人たちは「ヨシ子(母の名前)さん、この子、本当にあんたの子?」と言ったそうだ。これは後から姉に聞かされた話である。その姉は私より11歳上。そのため弟の私のお守りとかさせられた。ちょうど姉が中学生の時だ。それで勉強したくても出来なかった。私のせいで将来の夢を諦めた? そんな愚痴を聞いたこともあった。

 だが私は何を言われてもビクともしなかった。姉に対しての罪悪感もない。私は私なのだ。その軸はブレることはない。ブレようがない。5歳の時、私はなぜここにいるの? なぜここに存在しているのと思ってしまったら家族関係のことなどは吹っ飛んでしまう。そこを解決さすことの方が先決だからだ。生きていて存在していることの謎。その時から私は自称、哲学者の道を歩んでいた。哲学者ほど利己主義なものはいない。自分のことしか考えないのだから。

 子どもってみんな本来、哲学者じゃないの? そんな気がする。彼らにとって
見るもの全てが不思議な世界のはず。そこでいちいちこの世界って何と問い掛けているのだ。実際、私がそうだった。夜、寝ていたら突然、恐怖に襲われ「天井が落ちてくる。落ちてくる。落ちてくる。ああ、潰される。潰される。助けて、助けて!」と狂ったように絶叫。慌てた父と母はすぐ起こして私を外に出した。座らせた。でも、震えが止まらない。怯えたままだ。そんな時、隣りの家に信心深いおばあさんがいて必ずそのおばあさんが呼ばれる。私の前に座るとなにやらお経とも御呪い(おまじない)とも思えるものを唱え始める。私の顔の目の前でだ。指をまわしたりしてね。そのうち私もなんとか気持ちも静まってくるという次第だ。「仕方ないよね。この子は引きつけを起こす子だから…」というのが両親の言い草だった。

 私はその時、引きつけという言葉を知った。どんな意味なのかわからなかったが。その引きつけは定期的に何回も起こった。あれはなんだったんだろう? もう一つ大人をびっくりさせたことがある。父の故郷は瀬戸内海の島。そこに行くには岩国から電車に乗る。山陽本線、広島方面。子どもにとって電車は珍しい。私は窓ガラスから外の風景を見ていた時「お父ちゃん、電信柱が動いている。飛んでいる。ほら、ほら、ほら!」と叫んでいた。まわりの乗客、大人は口あんぐりの世界。私には電車が動いているという実感がなかったのだ。宇品から船に乗る。今度は「お父ちゃん、島が動いている!」と。今、思い出したら笑える。笑うしかない。その頃から私は勘違い人間だったのかも。

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