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第24回 思い出してみたら1996年7月、ベースボール・マガジン社を辞めたのが決定的だった

 今年、73。ちょっとだけ我が人生を振り返って見るとやっぱり1996年7月、ベースボール・マガジン社を退職したことが一番の事件、出来事だ。もちろん2回の離婚も大きかった。離婚は結果だから。極めて個人的な問題。男と女のことだろ。対幻想レベルの話だ。それに比べると会社を辞めたのは大きな転機になった。劇的な変化を私にもたらした。まず1年後、家族がいなくなった。消えた。要するに逃げたのさ。1997年8月14日、22時10分、家に帰ったら奥さんと娘さんとネコ、11匹の姿がない。寝耳に水とはこのことだ。やられた。あれから22年、私は奥さんにも娘さんにも会っていない。

 二度と会わないと強く決断した。だって勝手に逃げていったのだ。相談してくれればその場で離婚届に判を押した。私はそういう人間である。存在、アナーキー。とことんアナーキー。ということは奥さんは現在、57。娘さんは34。時間は非情だ。すべてに渡って容赦しない。ベースボール・マガジン社を辞めたのは新日本プロレスが『週刊プロレス』を取材拒否したからだ。その時、私は週プロの編集長だった。新日本は私にプロレス界を乗っ取られる? その不安と恐怖にかられたようだ。だからターザン山本をこの世界から追放してしまえ。それが真相だ。じゃあ、私は会社を辞めるしかない。週プロの編集長を降りても会社まで辞める必要はなかった。しかしそれでは私のプライドが許さない。

 編集長でなくなったら丘の上に上がった河童同然だ。なんの価値もない。もしそのまま会社にい続ければ役員とか取締役になっていたかもしれない。それをやってしまったらもはやターザン山本ではなくなってしまう。生ける屍状態だ。生活と将来は約束されるかもしれないが私は断固、それを拒否。自分からさっさと辞表を出した。意外というか予想したとおりというか誰も引き止めなかった。その場で受理された。余りにもあっけない結末。企業と社員の関係はそんなものさ。従業員は所詮、組織の中では駒の一つでしかない。機械の部品と同じだ。編集長時代、庶務、総務、重役、そして社長から一度も文句を言われたり注意されたことはない。やりたい放題。好き勝手。就業規則違反はいくらでもあったのに見て見ぬふり。徹底的に私を泳がせた、好きなようにやらせた。

 もちろんそれは週プロが莫大な利益を生み出していたからだ。儲かっていたら会社は何も言わない。資本主義の論理だ。私にあらゆる決定権を与えてくれたら自分の才能を爆発させる。その自信はあった。今でもそうだ。決定権がないところで一体、何が出来るというんだよ。しらけるだけだよ。だがいいことは長く続かない。続くわけがない。週プロは異常に売れた。それ自体がフェイクだ。新日本が週プロを取材拒否した時、何もかも終わったなと予感した。潮時だ。辞め時だと悟った。その時、プロレス界という生態系、プロレスファンの気分がかつてに比べると明らかにその熱量が半分以下に落ちていた。熱量を失ってしまった世界では何を言っても無駄だ。 もはや私が発する言葉には誰ひとり聞く耳を持たない。いや、私の言葉がすでに必要ではなくなったのだ。私は時代からあっけなく疎外されてしまったのだ。

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