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第14回 定年した父。第2の仕事はお風呂屋と線路坑夫だった

 父のことを再び書く。当時、定年は55歳だった。その時、私は中学3年生。下には妹と弟がいる。姉は26歳、高校を卒業して電電公社に就職していた。彼女は勉強で身を立てたいと考えていたようだ。私と歳が11離れていた。そのため中学や高校の時、私のお守り役をさせられた。そのせいで勉強に打ち込めなかった。そんな愚痴を聞かされた。でも姉の世代で女の子を大学に行かせることはよっぽどのことだ。まして山本家は貧乏ときている。無理。日本の社会はまだそこまでは成熟していなかった。高度経済成長、到来の前だった。

 姉で思い出すのは突然、入院したことだ。なんだろう? 少年の私には何も知らされなかった。記憶違い? ふと耳にしたところによると脇に乳房が出来た? え? そんなことあるの? それが事実だったかどうかは定かではない。うろ覚えなのだ。今でも謎のままだ。世の中のことがまだ視界に入ってこない年齢。そこでは全てがホラーなのだ。ただ姉はその後はいたって健康。後遺症はどこにもなかった。まるで嘘みたいな話だ。もしかしたら少年の妄想だったかも。

 母も大病をしたことがある。弘法大師を信仰。いつもお参りしていた母がある時、高野山に行った。そんな遠出を母がすることはほとんどない。父は無宗教。その母が高野山から帰って来ると叫び声を上げるほどの苦しみ。のたうちまわった。原因がわからない。やがて気がついたら体重がげそっと落ちた。かなり肥満タイプだったのがやせ細った。あとでわかったのだがどうやら糖尿病のようだ。母方にはその遺伝子があった。そして4人の兄弟の中で私ひとりがその母の糖尿病の遺伝子を受け継いでしまったのだ。ちなみに父の血液型はAB。母はO型。子どもはAかBのどちらかになる。面白いことに姉と妹がB型。私と弟はA型だった。

 父は大酒飲みだったのに病気をしたことはない。晩年、軽いリウマチになったぐらいだ。定年退職した父は中学や小学の子ども3人を育てていかなければならない。幸い人望があった。勤めていた帝人が新しい仕事を提供してくれた。なんだと思う? 社宅のそばにある社員のためのお風呂。浴場の風呂焚きだ。おが屑とか木を燃やすのだ。裏に待機して順にそれを焼べていく。それを江戸時代には三助と言った。父は真面目な性格。そのことに不満を持つこともなく毎日せっせとその仕事に精を出していた。母も手伝いに行っていた。おが屑は意外と重たいのだ。私はと言えば手伝いに行こうとしなかった。まだ三助という言葉は知らなかったがカッコ悪くて行けない。

 職業に貴賎なしとはいってもさすがにお風呂だよ。抵抗感があった。私なりのプライドである。そうしたら母が怒った。「お父さんがあなた達のために一生懸命、働いているのにあなたは何なの?」。思い切り説教された。仕方なく私も浴場まで出かけおが屑焼べをやった。風呂が閉店時間になると今度は風呂場の湯を抜いて大掃除だ。これは重労働だよ。夜遅くまでだよ。父は偉いよなあ。嫌々やっている感じがまるでなかった。その時、私は高校生だった。その後も父はいろんな仕事をやった。風呂のあとは線路坑夫。帝人の工場と岩国駅をつなぐ引込み線がある。その線路の点検。日焼けするよなあ。夏は大変だ。19歳、私が大学に入学。故郷を離れてからは父がどんな仕事をしていたかは知らない。

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