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第10回 ああ、炭坑節とお富さん

 父との思い出は酔って気分良く歌っていた「炭坑節」だった。もしかすると民謡、歌謡曲を含めて歌というものを耳で聴いた最初のメロディーだったかも。戦後のエネルギー政策は石炭が主役だった。それにしてもだ。いくらなんでも「炭坑節」はないよな。普通なら子守唄? その「炭坑節」の一番の歌詞は次の通りだ。

 月が出た出た 月が出た
 三池炭鉱の 上に出た
 あまり煙突が 高いので
 さぞやお月さん けむたかろ

 というものだった。途中でヨイ、ヨイと掛け声がかかる。たしかにリズム関係は抜群にいい。酔って歌えばこの上なし。私はそんな父を冷静に見ていた。飲むこと。歌うこと。これなんだとね。息子の私にも一緒になって歌えよと言ってくる。つまりご機嫌なのだ。この「炭坑節」を聴いた時、私はなんて楽天的、能天気な世界だと思った。どこか虚無主義、アナーキズムの匂いがする。当時、小学生低学年だった私にそんな哲学的概念は知る由もない。しかし子どもには無意識という脳がある。無意識は下界をキャッチする重要なセンサーでもある。

 それはいつだって作動しているのだ。そこでキャッチされたものは脳の深層部分に次々と限りなく蓄積されていく。小学校に入って教えられるもの。勉強は意識の領域。当然、そこには二重構造の自我が形成されていく。「炭坑節」の歌詞は一番しか覚えていない。それなら私でも歌えた。童謡チックな内容だったから。ところがこの歌には5番まで歌詞があった。

 それを今回、初めて知った。三番の歌詞を載せてみよう。そうしたらこれがまたびっくりするような内容だった。

 あなたがその気で 言うのなら
 思い切ります 別れます
 元の娘の 十八に
 返してくれたら 別れます

 男と女のことではないか。突然、月と煙突と煙が吹っ飛んでいきなり大人たちの男女のリアルな話に展開しているのだ。やっぱりな。そういうことなんだよ。なんだか健康的な色気がぷんぷんしているではないか。「炭坑節」は男しか歌わない。ただその歌に即して踊りはある。「東京音頭」を盆踊りで踊る感じと考えればいい。わかりやすい。四番目の歌詞は?

 お礼を枕に 寝るよりも
 月が射し込む あばら家で
 主の腕に ほんのりと
 私ゃ抱かれて 暮らしたい

 これなんかもうかなり露骨だ。寝る。抱かれるとなっている。男の歌のはずが歌詞は女性の視点にすり替えられている。完全な逆転現象。男女平等社会とは言えなかった時代。しかしこの歌に関していうなら立派な男女平等。むしろ主役は女性の方だ。このパラドックスが面白い。九州、筑豊の炭鉱を風俗画として描いたものを見たことがある。大浴場は混浴なのだ。男と女が集団、全裸で入浴。女はみんな堂々としている。変な雰囲気が全くない。ないんだよ。

 「炭坑節」というおおらかな世界。だが同時にそこに埋没したら私は終わりだなと直感した。家には大きな仏壇があった。高さ1メートル50センチ近かったかも。それと並ぶ形で高さ1メートルのラジオが押入れにあった。今時、そんなでかいラジオはない。そこで相撲中継やニュースなどを家族で聞いていた。そこから流れて来た歌謡曲が春日八郎の「お富さん」。1954年に大ヒットした。これが「炭坑節」の次に聴いた歌。私が8歳の時だ。その歌詞がまた一風、変わっていた。

 粋な黒塀 見越しの松に
 仇な姿の 洗い髪
 死んだはずだよ お富さん
 生きていたとは お釈迦さまでも
 知らぬ仏の お富さん
 エーサオー 玄治店(げんやだな)

 これもまたアナーキーな内容だった。大衆はそんなことにはまるで無頓着。呑気に浮かれていたと言った方が正しい。今も記憶に残っている決定的な2曲がこれだったとは。私の少年時代の話でした。

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