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第9回 私の中のマザーコンプレックスとは?

 幼稚園でのもう一つの体験。これも今から考えると心に引っかかっていることがある。それは私が6歳だったからだ。この意味は大きい。幼稚園には先生がいた。もちろんそれは女性である。私は母が35歳の時に生まれた。姉は11歳、上。妹は二つ、下。四つ下には弟がいた。前にも言ったが4人兄弟。女性、3人に囲まれた中で育った。母、姉、妹。それとは別に女性が存在していたのだ。なぜ? なぜなの? どうしてなの? その時、私は誰に教えてもらうわけでもなく初めて他者という概念を知ることになる。その瞬間、私の中で家族というものが完全に相対化された。

 その幼稚園の先生が何歳だったのか? 今となっては知りようがない。おそらく20代後半から30代始めだったと思う。いわゆる年配のおばさんタイプでなかったことだけはたしかだ。女として成熟。若き成熟と言った方が正しい。まさしく視覚的衝撃。子ども心に目をパチクリしていたはずだ。お姉さんって一体、何者なの? そんな感じである。ある時、その先生が住んでいる家の前を偶然、通ったら開け放った窓越しに先生が立っている横顔を見てしまったのだ。あれ、幼稚園で見ている先生とはまるで別人ではないか? 要するに仕事を離れると当然、先生はひとりの人間、女性になる。私の無意識を直撃したショックだった。あれ以来、私の女性観は何も変わっていない。進歩も進化もしていない。ずっと平行線のままだ。

 戦前から帝国人絹、帝人に勤めていた父。職工の身分である。その帝人には社宅があった。社員は社宅に住んでいるか? それとも借家に住んでいるか? 二つに分かれていた。私、山本家は後者だった。社宅に住んでいないことのコンプレックス。理由なんてないのに私にはそれがあった。コンプレックスってそういうものだ。社宅の子の方が圧倒的に多い。目立った。ただそれだけのことである。社宅の中には社員用の風呂があった。社員とその家族はみんなタダ。お金を取らない。男湯と女湯。洗い場は仕切られているが小さなくぐり戸がある。その戸を開ければ自由に男湯と女湯をを行き来出来た。それは6歳とか5歳の男の子の特権でもあった。

 私は根が明るい性格。調子に乗りやすいタイプ。母と行っても父と行ってもくぐり戸を行ったり来たりした。面白いようにね。そうするとまるでイタリアの監督、フェデリコ・フェリーニの世界だ。無垢な少年がイタリア女、それもムチムチの巨大な肉体を前にして押しつぶされそうになるあの不安と憧れと夢。あれだ。それに近い体験をした。私の場合、フェリーニと違い女湯なので全員が全裸なのだ。胸とお尻が丸々として肉感的そのもの。そこには20代の若いお母さんもいるのだ。ハッキリ言って目がくらんだ。だが私は全てそれがなかったかのように記憶の中でスルーさせた。だってそのお母さんと道ですれ違ったりするからだ。

 私が6歳の時、母はすでに41。なぜ私の母は友達のお母さんのように若くないの? そう思ってしまう。今でもその友達のお母さんの顔が頭に浮かんで来る。ひとりや二人ではない。何人もだ。自分の母に対してではなく他人の母に対して私はマザコンになったのだ。双子の姉妹がいた。そのお母さんのことが特に好きだった。双子幻想。あの姉妹と兄弟になりたい。そんな妄想に駆られていた。私は母のことは嫌いではない。ただ外に出て一緒に歩くことは嫌がった。それだけはやめて欲しい。小学校の参観日にも来てもらいたくない。母と子という関係にはなりたくない。あくまでお互い個でありたい。それに対するこだわりは非常に強かった。友達のお母さんは私は個として見ていたからいつだって魅惑的存在になり得たのだ。

 そういえば友達のお父さんについてはほとんど記憶にない。働いている人。仕事をしている人。それだけで片付けられてしまう。なぜ男はそんなにまでも影が薄いのか? 不公平というものではないか? 男性社会というがはたしてそうなのか。少年がこの世界で最初に目にしたのは明らかに男性社会よりもエロスの方だ。それは私が男だからだ。女性の武器はどう見ても後出しジャンケン。だからどんな時でも彼女たちが最後は勝つ。そういう絶対的存在なのだ。この後出しジャンケンの根拠が実はエロスなのだ。存在エロス、最強!

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