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芸祭体験 |
博多の山崎さんの奥さん、二三代さんの感性は素晴らしい。私の日記は手書きなので月曜日から金曜日は、山崎会計事務所の女性社員の人が打ってくれる。 週末の土、日は二三代さんが担当。この日、二三代さんは打ち終わったあと「ターザンさんへ!」とひと言、コメントを書いていた。 「エッフェル塔は鉄でできているとは思えないほど繊細で、まるで茶色のレース糸で編んだ編み物のようでしたよ」 ウーン、さすが女性の見方はあなどれない。完全に死角を突かれた思いだ。二三代さん、次から“ビジュツイッキ塾”にぜひ参加して。 ポッドキャストには必要な人材だ。「芸術都市 パリ100年展」を語った“ビジュツイッキ塾”をポッドキャストとして、この日の午前中にアップしたら、前回より3倍の反響、アクセスがあった。 しゃべることならオレにまかせろだ。観客は“語る自由”を持て。それをそのままライブ感覚で人に聞かせるのがポッドキャストなのだ。 字として書かれたものを“読む”という行為は、ある部分で面倒臭い。音として“聞く”という方がはるかに楽。 この便利さは時代に合っている。ただし、それはしゃべれないとダメ。話が面白いことが絶対的条件。私は「ターザンポッドキャスト」を、これからの売りものの一つにしていくつもりだ。
さて、今日は昼から東京ビッグサイトでやっている“GEISAI”を見に行く予定。新橋から“ゆりかもめ”に乗って、国際展示場前で降りる。1時過ぎ、谷賢と夢香姫と新橋駅で待ち合わせ。 そうしたら、彼女は母親とトラブった。「なぜ“母の日”に出かけていくのよ!」となったのだ。ハイ、ハイ、すべて悪いのはこの私、ターザン山本! です。 そうか、今日は“母の日”だったのか。すっかり忘れていた。それこそアチャーである。自分の娘、それもかわいい長女の彼氏が自分より二つ年上だったら、お母さんとしてもイヤだよ。当然だ。 それに私は“小銭王子”ときている。恋人はお金を持っているのと言われたら、一巻の終わりだ(笑い)。 アチャーではすまされない。それでも彼女は1時30分、新橋に来た。先に会場入りしていた湊君と4人で“GEISAI”を見ることに。 ウワー、広いスペースに600人に及ぶアーティストの卵たちが自分の作品を展示している。これは見るだけで大変だ。 まずは私たちの友人、木谷先生の作品を見に行く。右の奥にあった。ピンクの明るい色を基調にして、小さなかれんな女のコの絵を何枚か描いていた。 いかにも先生らしい、やさしさに満ちあふれている作品だ。でもこれは“GEISAI”向きではない。個展向き。 “GEISAI”は、あくまでアートのコンテストなのだ。賞狙いには不向きとみた。びっくりしたのは参加費。 ちゃんとした壁のあるブース。それにライト付きで2倍の広さだと、それだけで20万円を超えるというのだ。ええ、先生、家族で2回サイパン旅行にいけるよ。
それから私は順番に見てまわった。なるほどなあ。私はすぐにピンときた。作品を並べている参加者は、いちようにうつむき加減で暗い。 オイ、オイ、オイ、君たち、全然自分に自信があるように見えないよ。少なくとも君たちの精神状況は野心的ではない。 コンテストなんだから、1位を取ってやろうと思わないとダメでしょう。しかし、そんな気持ちは始めからない。 意欲、野望、情熱という感情が希薄なのか、それとも彼らはそういう濃いくて重たい感情から自由なのか? ウン、自由だ。しかし、それって私からすると非常に比重の軽い人生に見える。別に否定しているわけではない。そういうつもりはない。 要するに、彼らには“作品”という概念がないのだ。作品とは、それを鑑賞し批評する他者との緊張関係が大前提になっている。 その他者を意識していない。作品が他者を必要としていない。人前に作品を出しながら、どこかその雰囲気がモノローグなのだ。 そうか、アートとは作り手のモノローグの世界なのだ。そう考えるとすべてが納得できた。“GEISAI”は、巨大なモノローグ空間だった。自己満足でいいじゃないかという感じである。 本来、作品には「時代を問う」「生き方を問う」という形で問題提起、アジテーション、メッセージ性があるものだが、彼らにはそういうことは期待してはいけない。 作品は、彼らにとっては等身大の双児の兄弟みたいなものなのだ。だから、作品に完成度はなくてもいい。
これが彼らのアートなのだ。そうとわかったら早い。私は谷賢たちに、展示されている作品だけを見るな、それを作った人間とセットで作品を見ろと指示する。そのように視点を変えると、途端に楽しくなった。 気になったもの、興味のある作品があると、その作者に私は積極的に話しかけた。「これ、どうなの?」とか、それに年齢や出身地などである。 はっきり言って、作品よりも作者の方が見ていて断然、面白い。私には作品よりも作者自身の方 がひとつの作品に見えた。 そうか、じゃあ次回の時はポラロイドカメラを持っていって作品を提出している人のポートレート写真を全員撮り、それを私の作品として“GEISAI”に出品しよう。 ウン、これはいいアイデアだ。やってみよう。よし、やってやるよ。相対的に女の人の方がいい。自分を表現したいという欲求が強いからだ。 現実の自分とは違うファンタジーとしての自分。それを表したいのだ。そういうふうに見てあげるのがベスト。 それが彼女たちにとってのアートである。アートとは「ひまつぶし」「気紛れ」「たわむれ」のことである。 ひまつぶしという自由、気紛れという自由、たわむれという自由。それを気楽に、なんの制約もなしに表現すること。 ということは、賞狙いに行くことは、逆に彼らにとってダサいことでもある。コンテストによる、1位、2位、3位の発表もギャグでいいのだ。私はそう思った。 賞を取った人は、いずれも作品として完成度が高い。力技(ちからわざ)に持ち込んでいる。しかし、それ自体がこの“GEISAI”では反則とみた。 ルール違反だ。遊びでいいのだ。堅く考えるなである。生き方がひまつぶしなのだから。いいじゃないか。 新橋から銀座に出て、4人で食事。それから、私は彼女と秋葉原のカフェでお茶をした。やっと2人きりになる。でも、“GEISAI”で頭を使ったので相当疲れていた。ぐったりだ。7時半、浅草橋で別れる。
8時40分、立石の「サンマルクカフェ」でひとりコーヒーを飲んでいたら、内博(ウチパク)さんが登場。 居酒屋“トキワ”に行く。内博さんは緑茶割りを4、5杯飲んだ。私は生グレープフルーツハイ。料理は唐揚げ、ニラ玉、しらすおろしだ。 最初は競馬の反省会。G1「NHKアイルC」はドリームシグナルが惜しくも4着。3着に来て欲しかったよなあ。 いやあ、内博さんと話をすると盛り上がる。それも日曜日の夜なのだ。これがもう、私たちの定例会になった。 日曜の夜といったら、誰もがみんな暗い気分になっている時。しかしこの一角、一隅だけは炎上しまくりだ。 頭の体操、刺激には最高にいい。2人して、このオレたちの会話をポッドキャストで流したら面白いだろうな、とそんな冗談まで出た。 夜の日曜日をサンデージャックだ。長野の藤沢さん、角田さん、一度遊びに来ない? 来てよ。楽しいよ。言いたい放題。好き勝手放題なんだから。待ってるよ、ホント。 今日の“四字熟語”は、芸祭体験にする。アートがどういうものかということがわかっただけでも収穫は大きい。やったあである。
ターザンカフェより)
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