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ターザン流文章論G

・視覚的感覚を養うには手書き≠ェ本当は一番いいのだ。これはもう自信を持って言えるのだ。パソコンを…。

ボクは文章とは風景論≠ニ考えているのだ。

だから文章は「シナリオを書くように」「デッサンをするように」「楽譜を書くように」して書けなのだ。

視覚的感覚と聴覚的感覚を鍛えていくしかないのだ。

視覚的なことをいうと、「漢字」[カタカナ]「ひらがな」をいかにうまく使っていくかである。

その場合、なるべくむずかしい言葉は使わないようにする。小学生や中学生が読めない漢字は使うななのだ。

視覚的感覚を養うには手書き≠ェ本当は一番いいのだ。これはもう自信を持って言えるのだ。

パソコンを使って原稿を書くと、どうしても字そのものが無機的なイメージを与えてしまう。

たとえばそれが手書きだとボクなんかその字を誰も読めないと言ってくる。

しかし手書きの原稿はボクにとってはボクそのものなのだ。

「人相」と「手相」があるように手書き原稿はボクにとって「字相」なのだ。

あるいは指紋≠ノ対抗して字紋≠ニ呼んでいる。

ボクにとって原稿用紙に向かって手書きの原稿を書くことは、ボクの性格とくせと気持ちが、すべてそこに現れたものである。

ボクの心と内面がみんな具現化したもの。それが手書き原稿なのだ。

それってボク自身の心の内側を鏡を通して見ているのと同じ。

だから物書きをめざす人には手書き原稿をすすめる。

いったん手書きをしてそれからパソコンに打つという二重手間をかけてもいいのではないか? そんなふうに考えているのだ。

なぜなら物を考えるということは、これはもう究極的なアナログだからだ。まさしく手書きはアナログである。

文章を書くというのはアナログ作業でなかったら意味がないだろう。



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