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現代は思考的快楽vsひまつぶし的快楽の闘いである

 パスカルは「人間は考える葦である」と言った。デカルトは「我れ思う、ゆえに我れあり」と言った。

 そして彫刻家のロダンは「考える人」という作品を後世に残した。そうか、先人たちは“考えること”に一つの幻想と価値観を見出していたのか。

 じゃあ、考えるというのはどういうことなのか? 自分の感性に従って自分なりの答えを出すことだ。

 感性は本能と言い換えてもいい。自分なりの答えとは多くの場合、世間の常識とかとは食い違っていることが多い。

 つまり常識を新しく変えていこうという働きがそこにあるのだ。そうした気持ちや気分のない人は、考えることはしなくてもいい。

 そのまんまの今まで通りの常識という名のルールの中で生きていけばいいのだ。資本主義は人々に大量消費時代という人類の歴史上、最大の革命を起こした。

 消費という快楽のことである。消費には三つある。「衣」と「食」と「住」。消費の原点は衣食住なのだ。

 これは目に見える消費。目に見えない消費もある。それが趣味である。この消費も爆発的な広がりをみせている。

 人類にとっての豊さはずばり“消費する喜び”。快感のことなのだ。それには“ひまな時間”が必要。

 休日の多さがまさにそれ。ひまを意識的、計画的に作り出しさらに消費的快楽をあおっていくのだ。

 現代文明とは消費とひまが二大要素。そんな中でものを考える人間など出てくるわけがない。

 これはプライオリティーの問題だ。私は生きている以上、思考的快楽の方をとる。それは自分がオンリーワンになるためだ。

 現在、消費型快楽、ひまつぶし的快楽の最たるものがケイタイだ。電車の中でケイタイをみるなら私はものを考える。

 消費的快楽とはその他大勢の人間になってしまうことなのだ。御苦労さんである。

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