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長嶋さんも人の子だった

ボクたちは現実に引き戻された…

天災は忘れた頃にやってくる」という。ボクは長嶋茂雄さんが脳卒中の疑いで倒れたというhttp://www.nikkansports.com/ns/baseball/p-bb-tp0-040306-0013.html">ニュースを聞いた時、この諺を思い出した。

本来の意味は暴風、地震、落雷、洪水、火山の爆発などは、人々が忘れた頃に急にやってくるという意味。

それにひっかけていうなら人間がトシをとると、ある時、急に体調を崩して大病にかかったりするということになる。

大病ならまだいい。命にかかわる病気になるケースが多い。長嶋さんは実をいうと今年、68歳になった。

年齢的にいうと、お年寄りの部類にはいる。あと2年したら70歳になるからだ。ボクらは長嶋さんのことを不死身のカリスマだと思ってきた。

すべてにおいて長嶋さんは別格の人と思っていた。そう思いたいという何かが、ボクら大衆の側にあった。

ここで脳卒中になったということは、長嶋さんも“人の子”だったということだ。今まで“人の子”と思っていなかった。特別の人だと思ってきた。

ボクたちは現実に引き戻された。ハッと気が付いたはずである。どんな人もやがてトシをとり、人は死ぬものであるということを。

だから本当をいうとびっくりする方がおかしい。冷静になれである。こういう言い方をすると“冷たいヤツ”と言われて非難されかねない。



カリスマでも運の絶対量には限りがある

長嶋さんは神格化されて、存在自体がアンタッチャブルになっていた。そういう人はひとりぐらいいた方がいいとボクはそう思ってきた。

ただ、行き過ぎはよくない。度を越してしまうと長島さんという存在が“裸の王様”ではなく“裸のカリスマ”になってしまうからだ。

長嶋さんが「巨人打線は絶対にヤンキース打線よりも上だ!」みたいな発言を本気で言っていたのを知って、ボクは「長嶋さんはやばい!」と思った。

たとえ不世出のカリスマにもその一生において、運の絶対量には限りがあるのだ。晩年の長嶋さんはその運をもはや使いはたしていた。

ボクはそれを長嶋さんにはわかって欲しかった。自覚して欲しかった。カリスマの運命を握っているのは、それこそ運の量なのだ。運の残額なのだ。







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